『テルマ&ルイーズ』(THELMA&LOUISE/1991)
幼い頃、例えばディズニーアニメが描くようなシンデレラストーリーを観た経験があると思う。あの虹色の世界観に掻き立てられる想像力の旅。圧倒的な憧れを抱いたままベッドの眠りの中で物語が続けられた静かな夜。
そして……時は重なって社会との交流を経ながら、少女はやがて現実というものが決してアニメのようなファンタジーではないことを悟る。少なくとも他人の心の痛みが分かるようになり、世の中のシステムに気付くようになる。自由な夢の世界に彷徨っていた少女が、今、タフな現実の中で大人の女として存在する。
リドリー・スコット監督『テルマ&ルイーズ』(THELMA&LOUISE/1991)を観ると、そんなことを想ってしまう。独り身になって生活をすることの重み。お金を稼ぐための労働。結婚生活は何も幸せのゴールではなく、それが愛のないものであるなら空しい毎日の始まりに過ぎない。こんな日々から抜け出して何かをやってみたいと思うのは、心がまともな証だろう。
1969年に『イージー・ライダー』で描かれたキャプテン・アメリカとビリーの旅は、アメリカの自由とアメリカの現実との闘いだった。自由とは自らの信念に従い貫くことだとすれば、彼らの自由は現実にとって脅威であり不安に映った。二人の旅は死で終わったが、テルマとルイーズの旅はどうなのか?
(以下ストーリー・結末含む)
舞台はアーカンソー州のスモールタウン。ウェイトレスで生計を立てるルイーズ(スーザン・サランドン)と専業主婦のテルマ(ジーナ・デイヴィス)は親友の仲。ルイーズはまるで家政婦のような扱いを受けて暮らすテルマを誘って、友人の山荘にドライブ旅行へ出掛ける。息抜きのヴァカンスになるはずだったが、自宅からなぜか銃を持ち出したテルマにルイーズは驚く。テルマは自由を満喫していた。
途中で立ち寄った酒場で見知らぬ男とダンスするテルマ。その後、駐車場で男は嫌がるテルマをレイプしようとする。脅しのために銃を向けたルイーズ。しかし男は侮辱の言葉を浴びせニヤつくだけ。ルイーズの銃弾が男をブチ抜いた。彼女たちのヴァカンスは一転して逃避行の旅に変わった。警察に事情なんて話しても無駄だとルイーズには分かっていた。
次の日、殺人を犯した現実と少ない所持金に苛つく彼女たちの関係。ルイーズはオクラホマ州で昔の恋人ジミーと落ち合って自分の全財産6700ドルを立て替えてもらう。それは新しい目的地となったメキシコで人生を再出発するための資金だった。指輪を渡されて求婚されるが、今の自分の状況を伝えられるはずがない。ジミーは黙って理解してその場を発つのだった。
一方でヒッチハイカーの若い男J.D.(ブラッド・ピット)とベッドを共にしたテルマ。強盗の常習犯である彼は、部屋に隠された札束を持って消え去ってしまう。思わず泣き崩れるルイーズ。すると今まで弱気だったテルマの表情が変わり、失ったルイーズの金を取り戻すためにJ.D.から聞いたやり方通りに強盗をする。
二人の車による逃避行は行く手を阻む者に対する犯罪を重ねながら、ヴァカンスのようにハイテンションなものになっていく。「未来に希望があるって感じがするわ!」。身なりも言動も出発の頃とは明らかに違う、タフになった大人の女たち。そして警察に追われる中、彼女たちが辿り着いた先は大自然の峡谷。この先に道はない。ヘリコプターや武装警官たちに完全包囲された。
「このまま行って」とテルマが言う。
「本気なの?」とルイーズ。
微笑み合った二人は手を握り合う。砂埃が舞う先のない道。ルイーズはアクセルを踏み込んだ……。
ハーヴェイ・カイテル演じるハル警部の存在は、彼女たちの唯一の理解者として描かれるが、彼だけは知っていたのだろう。テルマもルイーズも大人の女でありながら、まだ自由な夢の世界を彷徨っている少女でもあるということを。
サウンドトラックも秀逸で、音楽ファンなら酒場のシーンでカントリー・ロックを演奏するチャーリー・セクストンを見逃してはならない。「Badlands」という曲にはテレンス・マリック監督の『バッドランズ』を思い浮かべるし、その映画もカップルたちの逃避行を描いていた。ブルース・スプリングスティーンへとリンクするあの有名な物語だ。
それからテルマとルイーズがアメリカの真夜中の大自然をドライブするシーンで流れていたマリアンヌ・フェイスフルの歌も忘れられない。かつてミック・ジャガーの恋人として華やかなスポットライトを浴びていた彼女は、その後転落して一時はホームレスになったという。復活作『Broken English』に収録されていたナンバー「The Ballad Of Lucy Jordan」が心に響く。アウトローに愛されるソングライター、シェル・シルヴァスタインの作品だ。
ルーシー・ジョーダンの瞳に 朝霧が優しく触れる
郊外住宅地の白い寝室 白い家が並ぶ町並み
37歳になって彼女は気付く 花のパリを見てないことを
スポーツカーを駆って 暖かい風に髪を靡かせて
「The Ballad Of Lucy Jordan」はこの作品のムードを象徴していた。
チャーリー・セクストンは場末の酒場が似合う(*役者の台詞が外国語に吹き替えられているので、音楽だけに注目してください)。
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*日本公開時チラシ
*このコラムは2014年10月に公開されたものを更新しました。
評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
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