ブルース・スプリングスティーンが1982年の秋に発表したアルバム『Nebraska』(ネブラスカ)は、エネルギッシュでロック・スピリッツに満ち溢れたそれまでの作品とは明らかに異なっていた。
元はバンドのデモテープとして、一人で自宅の日本製4chカセット・デッキに吹き込まれた11曲は、歌がむき出しに放り出されたような状態で、本人が歌いながら奏でるアコースティックギターとハーモニカ以外の楽器はほぼ入ってない。
歌われているのは、伝統的なアメリカの民衆歌を継承するかのような、家族やアウトローたちの物語だ。
連続殺人を犯しても罪の呵責を感じない殺人者、どうにもならない現実に打ちひしがれて時代から取り残される社会的な弱者が主人公だった。
その中の1曲、「Highway Patrolman」は、ベトナム戦争から帰還した弟のフランキーを、警察官になった兄の視点から描いている。
フランキーが陸軍に入隊したのは1965年
俺は農業従事の徴兵猶予で、マリアと結婚して家を構えた
だがその頃から小麦の価格は暴落し、まるで詐欺にあったようだった
68年にフランキーが戻って、俺は今の仕事に付いた
ベトナムの戦場から復員してきた弟は、何があったのか人間がすっかり変わり、事件と厄介沙汰を起こす日々となる。
ある日、酒場で事件を起こした弟は車で逃走し、兄は警察官の職務として追いかけるが、カナダ国境まで5マイルという標識のところで車を停めて、消えていく弟の車のテールライトを見つめるところで歌は終わる。
希望などはどこにもなく、救いなどないかのようなこの歌が、聴いた人の心を揺さぶった。
カントリー界とロック界の両方で活躍していたジョニー・キャッシュは、『Nebraska』が発表された翌年に「Highway Patrolman」と「Johnny 99」の2曲をカバーした。
そのアルバム名を『Johnny 99』と名付けたキャッシュは、こう語っている。
「ブルースが素晴らしい曲を書いたと認めるよ。自分自身が書いた曲だったら、と思うくらいだ」
若手スターとして映画界での地位を得たばかりだった俳優のショーン・ペンは、ブルースに連絡をとって、この歌を原案とする映画の脚本を自分で書き始めた。それから10年目の1991年に、映画『インディアン・ランナー』を完成させて、監督としてのデビューを果たすのである。
その映画の中で効果的に流れていたのは、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバルの「Green River」、
ジャニス・ジョプリンの「Summertime」、ザ・バンドの「I Shall Be Released」などのロック・スタンダードであった。
Bruce Springsteen / Highway Patrolman
Johnny Cash / Highway Patrolman
『Nebraska』
「インディアン・ランナー」
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