「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

TAP the SONG

あの感傷的で美しいスタンダート・ソング‥‥「ビギン・ザ・ビギン」

1935年。ミュージカルの楽曲を書き下ろしていたアメリカのソングライター、コ-ル・ポーターは、当時パリで流行していたダンスのビギン=beguineと、英語のビギ…

街の歌

ろくでなし〜ベルギーの人気歌手アダモが二十歳の時に書いた、ヤケクソ気分の失恋ソング

誰もが一度は耳にしたことがあるだろう、メランコリックで親しみやすいメロディー。この「ろくでなし(Le mauvais garçon)」は、ベルギーの歌手サルヴァ…

TAP the NEWS

サン・トワ・マミー〜日本人にも愛されたシャンソンの名曲にまつわるいくつかのエピソード

誰もが一度は耳にしたことがあるだろう、メランコリックで親しみやすいメロディー。この「サン・トワ・マミー(Sans Toi M’amie)」は、ベルギ…

TAP the STORY

越路吹雪27歳〜“宝塚のシミ”は、洗ってもこすっても簡単に消えるものではなかった

昭和12年(1937)。後に越路吹雪となる13歳の少女、河野美保子は宝塚歌劇学校に入った。日中戦争が起き、日本は大陸侵略戦争に突っ走っていた頃だった。そんな戦中…

TAP the STORY

越路吹雪のFirst Step〜宝塚歌劇学校での日々、エデイット・ピアフとの運命的な出会い

越路吹雪は、日本の元号が「昭和」になる前、大正13年(1924年)に生まれた。戦中から戦後は宝塚男役スターとして活躍し、1951年に宝塚を退団した後は“日本のシ…

TAP the STORY

越路吹雪と岩谷時子〜宝塚時代から厚い友情を重ねつづけた二人の出会い

1939年の春、宝塚歌劇学校を卒業して初舞台を踏んだばかりの越路吹雪は、生涯の友となる岩谷時子と出会う。 「彼女が永眠するまで、ただ一度も争うことなく、時の流れ…

Extra便

天国へ逝った越路吹雪に「眠られぬ夜の長恨歌」を書かずにはいられなかった岩谷時子の孤独

越路吹雪は、宝塚歌劇団の男役で戦中から戦後にかけて活躍した後に、女優としても歌手としても映画やテレビ、舞台の分野で日本のエンターテイメント界を牽引し続けた。そし…

Extra便

「君をのせて」という歌の「君」とは作者の岩谷時子にとって越路吹雪だったのかもしれない…

「君をのせて」という歌は、1971年に行われたプロの作曲家コンクール「第3回 合歓ポピュラーフェスティバル’71」への参加曲として作られたものだ。 作曲したのは…

TAP the SONG

岩谷時子にとって懐かしのレコード~宝塚時代の越路吹雪が可愛らしい声で歌った「ブギウギ巴里」

越路吹雪と岩谷時子は40年近くもの間、お互いに深い友情で結ばれていた。 昔から女同士の友情は成立しないとか、長くは続かないとよく言われていたものだが、二人は宝塚…

TAP the SONG

「ビギン・ザ・ビギン」~日本では越路吹雪が歌い継いだコール・ポーターの美しいスタンダート・ナンバー

「ビギンを始めよう!」 コ-ル・ポーターは、ミュージカルと映画音楽の分野で活躍したアメリカのソングライターで、フレッド・アステアが歌った「夜も昼も」を筆頭に多く…

Extra便

日本で最初のシンガー・ソングライター美輪明宏が歌った「愛の讃歌」

「メケ・メケ」を日本語でカバーした丸山明宏は、1957年にシャンソンを歌い上げる美貌の青年として登場した。メディアにたびたび取り上げられた22歳の丸山明宏は、作…

TAP the SONG

越路吹雪、美輪明宏、大竹しのぶ、それぞれが定番にしたエディット・ピアフの「愛の讃歌」

シャンソンの名曲として世界中で親しまれている「愛の讃歌」は、日本でも越路吹雪の歌などによって、1950年代前半から60年代にかけて広く親しまれて浸透していった。…

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