「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

TAP the LIVE

ブリティッシュ・ロックが一堂に会したカンボジア難民救済コンサート

元ビートルズ4人のもとに、国連のワルトハイム事務総長から「カンボジア難民のために再結成コンサートをしてほしい」という依頼がきたのは、1979年頃のことだった。 …

TAP the ROOTS

リーダーであることをやめたジョンの、たったひとりのベッドイン

アルバムの1曲目はどの曲にしようか。針を落とすレコードの時代には、今よりずっとずっと大切な問題だったはずである。ビートルズが発表してきたアルバムの1曲目は、誰が…

TAP the SONG

ビートルズの「ブラックバード」に込められたポール・マッカートニーの思いとは?

ビートルズの「ブラックバード」はその美しいメロディと、シンプルゆえに様々な意味に受け取れる歌詞のおかげで、長く歌い継がれてスタンダード・ソングになっている。 C…

TAP the ROOTS

祖国への想いを歌にした「バック・イン・ザ・U.S.S.R.」

インドのリシケシュに滞在していたポール・マッカートニーは、ジョージ・ハリスンに誘われてやってきたものの、どこか退屈していた。彼は瞑想にではなく、やはり歌を作るこ…

TAP the DAY

ジョン・レノンにも重なる加藤和彦の生と死、ミュージシャンの悲劇から現代人に警鐘を鳴らす北山修

2009年10月16日に加藤和彦が亡くなったニュースを知ってしばらくして、朋友の北山修が書いた追悼の文章を読んだとき、無念の思いとともに静かな怒りのようなものが…

Extra便

ビートルズの原点となったデビュー曲「ラヴ・ミー・ドゥ」から始まった輝かしい歴史

ビートルズのメンバーたちはみんな、第二次世界大戦の戦火の下で生まれ育っている。 ジョン・レノンとリンゴ・スターが1940年、ポール・マッカートニーが1942年、…

TAP the LIVE

「さあ、終わったぞ。僕はもうビートルじゃないんだ!」~死の恐怖に直面していたビートルズのラスト・コンサート

1966年のビートルズは、全世界にまで知れ渡る超人気バンドであり、前人未到のアイドルとなっていた。しかし、順風満帆だったその快進撃に陰りが見え始めたのもこの年か…

TAP the ROOTS

認知症の祖母を歌ったコステロとポールの「ヴェロニカ」

養護施設で暮らすひとりの老女は静かに、時の流れを見つめている。ゆったりとした時の流れは、一枚一枚、木の葉が舞い落ちるように、静かに、だが確実に彼女の記憶を運び去…

TAP the LIVE

悪夢のような状況の中で歌い続けたポール・マッカートニー

アフリカ大陸の東部に位置するエチオピアで、干ばつによる深刻な飢饉が発生したのは1984年のことだった。 そのことを知ったブームタウン・ラッツのボブ・ゲルドフは様…

TAP the DAY

ソ連でもっとも成功したロック・ミュージシャンとなったポール・マッカートニー

1987年の春、ポール・マッカートニーは時折スタジオにミュージシャンを招いては、ロックンロールのジャム・セッションを開いていた。 そのほとんどはセッション・ミュ…

ミュージックソムリエ

新人アーティストと間違えられた、ポール・マッカートニー 〜衰えぬ音楽の探究心が生んだカニエ・ウエストとのコラボレーション〜

ビートルズとしてデビューして以降、半世紀以上にもわたってポップ・ミュージックの世界で活躍し続けているポール・マッカートニー。 時代に応じて新しい音楽を追求してき…

TAP the STORY

ポール・マッカートニーの27歳~ポール死亡説と隠遁生活、そしてリンダへの愛

『ポール・マッカートニーは死んでいる?』 そんな見出しの記事がアイオワ州にある大学の新聞に掲載されたのは1970年9月17日、ポールが27歳のときだった。 記事…

1 / 812345...>>

SNSでも配信中

Pagetop ↑

トップページへ