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TAP the POP

佐藤 剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、仙台市育ち。音楽プロデューサー/作家。
音楽業界誌『ミュージック・ラボ』を経て、1977年から86年の解散まで甲斐バンドのマネージメントを行う。その後にTHE BOOM、プライベーツ、宮沢和史、喜納昌吉とチャンプルーズ、ヒートウェイヴ、中村一義、有里知花、スーパーバタードッグ、ハナレグミ、小野リサ、由紀さおり、マルシアなどをプロデュース。
舞台「久世光彦 マイ・ラスト・ソング~あなたは最後に何を聞きたいか~」、「Sing with TORIRO 三木鶏郎と異才たち」、美空ひばり二十三回忌イベント「HIBARI 7 DAYS」などのプロデュースと演出を手がける。
著書はノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店/小学館文庫)『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」 天才たちはいかにして出会ったのか』(文藝春秋)、最新作は『ウェルカム!ビートルズ』(リットーミュージック)。
現在はRomancer Cafe にて『阿久悠と歌謡曲の時代』を連載中。 https://romancer.voyager.co.jp/cafe

佐藤 剛 が最近聴いてるアルバム
『To The End Of This World 』Ai Kuwabara the Project

佐藤 剛 の記事一覧

忌野清志郎

TAP the SONG

忌野清志郎が歌ってスタンダードになった日本語詞の「デイドリーム・ビリーバー」

1964年の初めからビートルズが全米を制覇して空前のブームを巻き起こしたことに対抗して、アメリカのエンターテインメント業界が用意したのがモンキーズだった。 ビー…

Extra便

時代を超えて現在を撃つメッセージと演奏~スーパー・ジャンキー・モンキー

1993年11月、CBSソニーで国内新人発掘部門を担当していたミュージック・マンの野中規雄は、ニューヨークのライブハウス「CBGB」に来ていた。 ラモーンズやテ…

TAP the STORY

加藤和彦との結婚、そしてサディスティック・ミカ・バンドの誕生

京都の平安女学院に通っていた福井光子(ミカ)が、加藤和彦と出会ったのは高校2年生、17歳の秋のことだ。 龍谷大学の学生だった加藤はザ・フォーク・クルセダーズのメ…

Extra便

松原正樹~「聴けば一発でわかる」という個性的な音色とフレーズで日本のポップスを支えたギタリスト

日本を代表するセッション・ギタリストの松原正樹がソロ・デビューから35周年の区切りを迎えて、東京の六本木STB139でアニバーサリー・ライブを行ったのは2013…

TAP the DAY

3月21日の「春分の日」はいつから音楽ファンにとって「大滝詠一の日」になったのか 

そもそもの発端はアルバム『A LONG VACATION(ア・ロング・バケイション)』が、CBSソニーから1981年3月21日にリリースされたことだった。 はっ…

TAP the SONG

日吉ミミが”ヨノナカバカナノヨ”と歌った回文による歌謡曲~「世迷い言」

日吉ミミの「世迷い言」は昔から伝わってきた「タケヤブヤケタ(竹藪焼けた)」や、「タイヤキヤイタ(たい焼き焼いた)」などの回文を使った歌謡曲で、テレビドラマの挿入…

TAP the SONG

中島みゆきの「糸」をスタンダードにしたのは、逢うべき歌とめぐり逢えて「仕合わせ」を感じた人たちだった

その歌は1992年に発売された中島みゆきの通算20作目にあたるアルバム、『EAST ASIA』にさりげなく収められていた。 発表からすでに24年、干支でいえばふ…

TAP the DAY

純烈は不安感、恐怖心、無力感、使命感、正義感、すべて抱えて「希望」に向かって走ってきた

「3月11日はやはり東日本大震災が起きた日として自分の中に在ります」と語るのは、歌謡コーラス・グループ「純烈」を結成してリーダーとなり、プロデューサー役を務めて…

TAP the SONG

アメリカから輸入したフォークソングに演劇や現代詩を結びつけた小室等と六文銭の「雨が空から降れば」

写真・井出情児 小室等は日本にフォークソングという呼び名がなかった頃に、キングストン・トリオの「トム・ドゥーリー」を聴いてギターを始めた。 1960年代の初頭に…

TAP the SONG

デビュー・シングルで「宝くじは買わない」と唄ったのに、買っている姿を加奈崎芳太郎に見られた忌野清志郎

RCサクセションは1972年に「ぼくの好きな先生」が少しヒットしただけで、それ以降はまったく売れない時期が数年間も続いて不遇だった。 しかし1977年に生涯のパ…

TAP the SONG

伝説のグループと呼ばれたジャックスが歌と音楽に託した「悲しみ」

日本のロックの原点を築いたジャックスの早川義夫はこんな言葉を残している。 歌は悲しいから歌うのだと思っている。 寂しいから歌うのだ。 人とは、違うから歌うのだ。…

TAP the SONG

ジャックスから岡林信康に受け継がれていった「ラブ・ジェネレーション」とロック・スピリッツ

関西フォークの発信元となったインディーズのURCレコードで、ジャックス解散後に契約ディレクターとして働き始めた早川義夫は、1969年の晩秋にソロ・アルバム「かっ…

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