佐藤 剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。プロデューサー/作家。
音楽業界誌『ミュージック・ラボ』を経て、1977年から86年の解散まで甲斐バンドのマネージメントを行う。
その後にTHE BOOM、プライベーツ、宮沢和史、喜納昌吉とチャンプルーズ、ヒートウェイヴ、中村一義、有里知花、スーパーバタードッグ、ハナレグミ、小野リサ、由紀さおり、マルシアなどをプロデュース。
舞台「久世光彦 マイ・ラスト・ソング~あなたは最後に何を聞きたいか~」、「Sing with TORIRO 三木鶏郎と異才たち」、美空ひばり二十三回忌イベント「HIBARI 7 DAYS」などのプロデュースと演出を手がける。
著書はノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店/小学館文庫)『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、最新作は『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」 天才たちはいかにして出会ったのか』(文藝春秋)。

佐藤 剛 が最近聴いてるアルバム
小林亜星プロデュース「ロマンティックをもう一度~Asei meets Atsuko」天満敦子 (アーティスト, 演奏)

佐藤 剛 の記事一覧

TAP the BOOK

待ち望んでいた宝物のようなデータブック「作詞家・阿久悠の軌跡 没後10年・生誕80年完全保存版」

「作詞家・阿久悠の軌跡 没後10年、生誕80年 完全保存版」というデータブックには、ヒットしたシングル曲のみならず、まったく売れなかったシングル曲のジャケットま…

TAP the DAY

浅川マキが初コンサートの前夜、寺山修司に唄えないと抗議した「ロング・グッド・バイ」

浅川マキが初のワンマン公演を行ったのは、1968年12月13日から15日までの3日間だった。 場所は「アンダーグラウンド蠍座」、前衛芸術とカウンターカルチャーの…

TAP the SONG

サム・クックが残したメッセージ・ソング「ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム」

ゴスペル・クァルテットの最上級と目されていた名門グループ、「ソウル・スターラーズ」のリード・シンガーだったサム・クックは、1957年にR&Bのソロ歌手…

TAP the SONG

久世光彦が作った沢田研二主演のドラマから生まれた「時の過ぎゆくままに」

1975年にオンエアされたテレビドラマのテーマとして作られた「時の過ぎゆくままに」は、大ヒットを記録して沢田研二の代表作になった。 時の過ぎゆくままに この身を…

TAP the SONG

伝説のロック番組『ヤング・ミュージック・ショー』に残されたデヴィッド・ボウイの「ヒーローズ」

1978年12月12日、デヴィッド・ボウイの来日コンサートが東京の渋谷区神南にあるNHKホールで行われた。 その日は12月6日の大阪厚生年金会館から始まった日本…

Extra便

清潔で、さわやかで、それでいて野心的な若者と感じたCharのために、阿久悠が書いた作品の特徴

『没後10年・作詞家50年メモリアル 阿久悠リスペクトコンサート 〜君の唇に色あせぬ言葉を〜』が、2017年11月17日と18日に東京国際フォーラム ホールで開…

TAP the SONG

佐藤正午の直木賞作品「月の満ち欠け」に通奏低音のように流れている黛ジュンの「夕月」

小説の上手さでは当代一という声も多かったベテラン作家、佐藤正午が2017年度上期の直木賞に選ばれた時、果たして東京で行われる授賞式に出席するかどうかが話題になっ…

PICK UPTAP the SONG

ザ・ピーナッツにとって最初のオリジナル・ヒットになった「恋のバカンス」が誕生した

  名古屋で見つけたザ・ピーナッツをスカウトし、育ての親として知られる作曲家の宮川泰は、1931(昭和6)年3月18日に北海道に生まれた。 親の仕事の都合で高校…

TAP the SONG

レコードを聴いて学ぶことができたロックンロールの魂が受け継がれている「ハングリー・ハート」

ブルース・スプリングスティーンの「ハングリー・ハート」は1980年10月21日、2枚組の大作となったアルバム『The River(リバー)』からシングル・カット…

TAP the SONG

イングランドから日本へ、時代や言葉を超えて受け継がれている名曲「ジュピター」

イギリスが生んだ作曲家のグスターヴ・ホルストが20世紀になって発表した『惑星』作品32は、7つの楽章からなる管弦楽の組曲だ。 とくに有名なのが第四曲「木星(ジュ…

TAP the BOOK

B級ミュージシャンとして生きる美学~「エッジィな男 ムッシュかまやつ」

一世を風靡した年若いスターがヒット曲に恵まれなくなり、人気が急速に下降してメディアに取り上げられなくなり、世間から徐々に忘れられてしまう。 かつての栄光の日を取…

Extra便

サイケデリック・カルチャーとともに奏でられるGLIM SPANKYの「風穴を開けたい」という思い

1960年から始まったベトナム戦争では武力介入したアメリカ軍が、泥沼化した状態を打開するために1965年から北爆を行うようになった。 そこで後方支援の役割を担っ…

TAP the DAY

11月4日にニューヨークで開かれたボブ・ディランの初コンサートには53人の客しかいなかった

ボブ・ディランの初コンサートが行われたのは1961年の11月4日、場所はニューヨークのマンハッタン7番街と57丁目の一角を占めるカーネギー・ホールだった。 ただ…

Extra便

中原理恵「東京ららばい」のアレンジを彩っていたサンタ・エスメラルダのフレーバー

桑名正博のデビュー曲「哀愁トゥナイト」をつくり終えた1977年2月、筒美京平と松本隆はリオのカーニバル観光を中心した南米旅行に出かけている。 引く手あまただった…

TAP the SONG

実に日本人好みの洋楽だった「悲しき願い」~アニマルズからサンタ・エスメラルダ、そして尾藤イサオ

日本で「悲しき願い」がリバイバル・ヒットしたのは、1978年の春から夏にかけてのことである。 当時はディスコ・ブームの真っ盛りで、東京の新宿や渋谷、六本木、池袋…

Extra便

「パイド・パイパー・ハウス」はなぜ伝説のレコード・ショップとなったのか?

南青山にあった伝説のレコード・ショップ「パイド・パイパー・ハウス」は、1975年11月にオープンしてから足かけ14年間の営業で1989年6月に閉店した。 日本で…

TAP the DAY

追悼・遠藤賢司~確固たる意志を持って純音楽をめざした孤高の一匹オオカミ

〈写真・1971年中津川全日本フォークジャンボリーにおけるバックステップの遠藤賢司 撮影・井出情児〉 1969年10月28日、お茶の水にあった全電通会館ホールで…

TAP the SONG

憂歌団の「胸が痛い」は、このうえもない真っ直ぐな日本のブルース

憂歌団の「胸が痛い」は1989年に発売されたアルバム「BIG TOWN, SMALL HANDS」に収められていたもののほか、ヴァージョンを変えてリテイクされた…

Extra便

浜口庫之助がジャズ・シンガーの後輩、植木等に書き下ろした「花と小父さん」

1960年代なかばに流行し始めたフォークソング調の歌謡曲「涙くんさよなら」や「バラが咲いた」を作ったのは、かつてはジャズ・シンガーとして人気があった浜口庫之助で…

TAP the SONG

GLIM SPANKY~はっぴいえんどの幻影が立ちのぼってくる「ガラスの林檎」

ロックとブルースを基調にした男女二人組のロック・ユニット、GLIM SPANKY(グリムスパンキー)がNHKホールで10月12日に開催された「The Cover…

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