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伝説の『ミュージック・ガイドブック』〜中村とうようが誘う壮大な音楽の旅

2023.07.21

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『ミュージック・ガイドブック』で音楽の繋がりと流れを知った。


いわゆる「洋楽」と呼ばれる音楽の情報入手先が、まだ雑誌やラジオやTV番組、レコード店やライナーノーツくらいしかなかった1980年代前半。

(少し個人的な話になるが)中学生だった少年の耳には、歌謡曲やニューミュージックなどの慣れ親しんだ「邦楽」、家の棚で埃まみれになった数枚のクラシックのレコード、カセットテープに録音されたイージーリスニング集といったものが音楽のラインナップすべてだった。

そんなある日、少年は駅前の小さな本屋の音楽コーナーで一冊の本と出逢う。手に取ったのは『ミュージック・ガイドブック』という400ページ弱の1,200円の分厚い本。

本能的に「ここには自分の知らないこと、知りたいことの何かがある!」と思ったのだろう。家に帰って貪るように読んだことを思い出す。マイケル・ジャクソンの『スリラー』やポリスの「見つめていたい」や『フラッシュダンス』が流行り、MTVが開局して間もない1983年のことだ。

『ミュージック・ガイドブック』(写真中央)は、これから壮大な音楽探求へ旅立とうとする少年少女にとっては夢のような書物だった。

雑誌「ミュージック・マガジン」の増刊号であり、編集/発行人は中村とうよう氏。ロックの歴史が長門芳郎/小倉エージ/北中正和/大貫憲章氏らによる4章立てで展開された後に、天辰保文氏による日本ロックの流れも綴られる。人名辞典では国内外のアーティストのプロフィールが五十音順に調べられるようになっており、ロック名盤やロック用語集へと続く。ここまでで120ページ。ロックすら知らなかった中学生には完璧な読書体験だ。

しかし、この本の凄いところはこれから。世界中の音楽案内が本格的に始まる。ポピュラー・ミュージック、ブラック・ミュージック、ラテン・ミュージック、20世紀、レコードと再生装置、シンセサイザー音楽の各歴史と年表で全体像をつかんだら、今度はブルース/R&B/ソウル、モダンジャズの歴史(こちらも人名辞典、名盤選、レーベル、用語集つき)へと誘う。

サルサ、レゲエ、ハイチ、カリプソ、ブラジル、フォルクローレ、タンゴから、フォーク/カントリー、トラッド、シャンソン、カンツォーネ。さらにはアフリカ音楽や世界の民俗音楽や現代音楽から、音楽ビジネスの100年史まで。広告であるはずの全国レコード店ガイドやレコード会社の新譜案内まで見事に一体化していた。

筆者に限らず、この本を手にとったことがきっかけで「もっと世界中の音楽に触れてみたい、聴いてみたい」と思った読者はたくさんいたと思う。それほど『ミュージック・ガイドブック』が「洋楽初心者」に与えた衝撃は大きかった。

それから5年後の1988年。さらにパワーアップした『ミュージック・ガイドブック88』(写真右)が発行される。今度は520ページの大作で1,800円。MTV時代のロック/ポップ情報が加えられたり、ビデオ、エレクトリック・ギター、来日アーティスト年表についても触れられる中、キューバ音楽をはじめとしたラテンの魅力が強化。

アラブ、アジアの項目も広げられ、83年版よりは飛躍的に旅しやすい構成となった。圧巻だったのは中村とうよう氏による「これくらいは知っておこう日本音楽小史」。前版の「音楽ビジネスの100年」も同様だが、とうよう氏の仕事には感動すら覚える。

また、6年後の1994年には全面改訂された『ミュージック・ガイドブック94』(写真左)が登場。ロックの章ではオルタナ時代に対応しつつも、世界地図を一巡できるような、音楽の旅人にとって手放せないガイドになった。

その後は残念ながら届けられることはなくなったが、20年以上経って音楽シーンも様変わりし、一方でネットやSNSによる情報交換が当たり前になり、ワンクリック・ワンタップでストリーミングや動画サービスで音楽と親しむ今の時代にこそ、このような丁寧に作れられた本が必要なのではないだろうか。新しい『ミュージック・ガイドブック』の誕生に期待したい。

*中村とうよう氏は2011年7月21日に亡くなられました。享年79。素敵な書物をありがとうございました。

FullSizeRender 1988年版の目次







*このコラムは2016年1月に公開されたものを更新しました。

書籍や雑誌のページから聴こえてくる音楽と描写『TAP the BOOK』のバックナンバーはこちらから

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