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大日本愛国党を率いる右翼の赤尾敏から佐藤栄作首相までが口を挟んできたビートルズの日本武道館公演

2019.06.28

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ビートルズの公演が正式発表されたとき、マスコミが騒ぐと同時に保守世論からも反対論が吹き出した。
大日本愛国党を率いる右翼の赤尾敏はさっそく、「Beatles Go Home」の横断幕を掲げて、数寄屋橋で街頭演説を行った。

政治評論家の細川隆元はTBSテレビの『時事放談』の中で、経済評論家の小汀利得を相手に「乞食芸人に武道館を使用させるな!」と放言し、マスコミがその騒ぎを拡散させた。

そこに政府までが口を挟んできた格好になったのは、5月22日の『時事放談』で「ビートルズごときくだらんものを呼ぶとはけしからん」と細川が語ったからだ。

「大体エレキ・ギターだのモンキー・ダンスだのという騒々しいものは、人類の進歩の邪魔だ。(略)
大新聞の読売が貴重な外貨とヒマを使って、ビートルズのごときくだらんものを呼ぶとは何ごとであるか。福田大蔵大臣も、あんな連中に対して外貨の許可を与えるとは、見識がなさ過ぎる」


『時事放談』は佐藤栄作首相がいつも見ている番組だったので、「武道館で公演するのは考え物だ」と首相が秘書官に漏らしたという話がすぐにひろまった。

そこに右翼が非公式にテロを行うとの情報も流れた。

そのために主催者である読売新聞の社主だった正力松太郎は、武道館の使用に関して形だけでも「ダメ出し」を出さないと、反対する勢力の怒りが収まらない状態になった。

反対派の気持ちを懐柔する目的で、正力は担当者に対して武道館以外の会場を探させるように指示を出した。

そして正力が「日本武道館は会場として使わないことにした」と言ったという記事が、「ペートルズというのは何者だ!」というタイトルで『サンデー毎日』に大きく掲載された。
ただしその記事の内容を仔細に読んでみれば、実はビートルズのことにはほとんど触れておらず、常軌を逸したファンの騒ぎについて正力がまくし立てている内容だった。

あのペートルなんとかちゅうのは、ありゃなんだね、気違いじゃないか。この間も二十人以上の女の子が社に押しかけてきてわいわい騒いで、帰ろうとせん。そんなもんを武道館に入れるわけにはいかんよ。そもそも武道館はぼくが造ったようなものなんだ。日本古来の武道振興がぼくの念願で、あれができてからずっと会長をつとめている。武道館の理事や副会長は、会場に貸すことを了承したらしいが、ぼくは反対だったんだよ。
(同誌)


肝心の部分である「ペートルなんとかちゅうの」についても、前後の脈絡から推測すればビートル・マニアのことだとわかる。
しかし「サンデー毎日」はタイトルで、あえて「ペートルズというのは何者だ!」と大きく打ち出した。

こうした暴論や放言に、当時の大人や老人たちは簡単に影響された。
だからマスコミの力を知っている正力は、「とにかく武道館ではやらせないということだけは明言しておくよ」と、いかにも政治家らしい心にもない発言をしたのだろう。

しかもメディアとしての責任を持つ必要がない、ライバル新聞が発行している週刊誌の記者に話して掲載させ、大人や老人たちへのガス抜きに利用したのだから老獪である。

この件については招聘元だったキョードー企画の永島達司が、ロンドンまでブライアン・エプスタインに会いに行くことになった。
表向きはビートルズの武道館使用をめぐる混乱で、国内の反応に苦慮したということにして、問題を解決するためだと発表した。

しかし、これは最初からビートルズの武道館使用を認めていた正力が、反対論を封ずるためのパフォーマンスとして頼んだことだった。

正力が亡くなってだいぶ時間が経ってから、永島は保守派や右翼の動きなどに対するポーズだったことを、湯川れい子によるインタビューで率直に語っている。

「そう、ある日、読売の正力さんに呼ばれてね、大変悪いけど武道館は反対が多いから後楽園にしてくれないかって。そんなこと可能かナ……と思って部屋を出たら、当時の読売の事業部長だった村上さんって人が、社長はああ言っているけど、後楽園は雨が降ったらダメだし、警備もできない、それに切符も、もう武道館って印刷しちゃってるしって。それで悪いけど一応ロンドンに飛んで、断られたといって帰って来てくれないかって(笑)」
(『熱狂の仕掛け人』湯川れい子著/小学館)


帰国した永島は正力に会って「ビートルズが屋外ではダメだと言っています」と伝えると、「あ、そう」で話は終わった。

「あとは正力さんが政治家や右翼を説得。警察庁にも国力を挙げて警備をしてくれるように、と、長官を口説いて約束させたというのですから、大変な力だったわけです」。(『熱狂の仕掛け人』)


〝武道の殿堂をビートルズごときに使用させるな!〟という批判の声に対して、読売新聞は6月9日の社告によって一応のケリをつけた形になった。
そこで発表されたのは武道館からのこんな声明だった。

「このたび女王から勲章を授けられた英国の国家的音楽使節、ザ・ビートルズが読売新聞社の招きにより、初めて日本で公演することになりました。主催者側は、その世界的な人気と国際親善の視点から日本最高の施設をもち1万人以上を収容、しかも警備、音響効果の面からも万全を期せられる会場を物色していましたが、これらの条件を具象しているところは日本武道館以外には無いと判断して、使用許可を打診してきました。
しかし武道館側としては、武道の殿堂であり、青少年の心身育成の道場でもあるので再三おことわりしましたが、主催側はもとより、英国側からも重ねて強い要請がありましたので、諸々の情勢を検討した結果、その使用を許可することにしました」
― 財団法人日本武道館理事長 赤城宗徳 ―
(『読売新聞』1966年6月9日)


 冒頭の一節に「このたび女王から勲章を授けられた英国の国家的音楽使節」とあり、最後には「英国側からも重ねて強い要請がありました」と述べられていた。
最後の土壇場になって物を言ったのは、女王陛下のMBE勲章であった。






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