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ジョニー・キャッシュ〜【特集序文】老いても、それでも歌い続けるということ

2016.09.12

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ロックンロールが産声を上げたばかりの1950年代半ば。
エルヴィス・プレスリーは、幼い女の子たちに挑発的に腰を振ってすべての大人たちから怒りを買った。そしてチャック・ベリーは、ロックンロール史上最も有名なリフとスリーコードでティーンエイジライフのすべてを奏でた。どちらも忘れ得ぬ断片だろう。

しかし、もっと衝撃的なことがこの頃のステージで起きていた。
ショーマンシップとセキュリティ上の理由から、当時のエンターテインメントにおける暗黙の掟「ステージで観客に背を向けるな」をあっさりと破った男──ジョニー・キャッシュ。彼は本物のアウトローだった。TAP the POPは古いテキストは捨て去って、この男から始めたいと思う。

ジョニー・キャッシュほど、音楽と真摯に向き合った人はいない。
いつも弱者の味方で、社会に貢献する姿勢を失わず、権力や体制と闘った。どんなにスーパースターになってもそれらを忘れず、自らの音楽とともに歩み続けた。「人々は音楽に真実と答えを求めている」「経験と直感と感情から歌は生まれる」と言ったキャッシュ。この男をリスペクトするミュージシャンの数は、もはやエルヴィスやビートルズのそれを超えているかもしれない。

彼は麻薬で逮捕された最初のロック世代のミュージシャンだった。
心身が疲れ果てた結果、洞窟で自殺しかけたこともある。それまでの12年間の結婚生活も終わった。誰もが危ない男のレッテルを貼ろうとした。しかし1960年代後半、後に妻となるジューン・カーターの存在が、キャッシュの人生とキャリアに光を与える。

ジョニー・キャッシュは信念の人だった。
レコード会社の猛反対を押し切った刑務所でのライブ録音をはじめ、先住民や戦争などをテーマにした様々なコンセプトアルバムで、音楽の力を若い世代に伝えていく。「マン・イン・ブラック(黒衣の男)」と呼ばれた彼は、ギターをライフル銃のように抱えながら、シンプルな曲調の中で普通の人々の悲哀とささやかな希望を歌い続けた。その偉大な仕事の一つに全米ネットのTVショーがあった。彼はここで“音楽と人とのつながり”の大切さを教えてくれた。

一転して1980年代は不遇の時代を迎える。
何もかもポップでヴィジュアル性に富んだものが求められた時代。レコード契約さえ失ったこともあった。親友たちも死んでいく。普通のミュージシャンならここで終わるだろう。しかし、1990年代半ばにオルタナティヴシーンによってロック復権が高まった頃、彼を救ったのは、彼の音楽に対する姿勢を目に焼き付けていた新しい世代のミュージシャン、そしてまだジョニー・キャッシュを知らない若い世代の聴衆だった。還暦のロックミュージシャンなど皆無だった頃、その命をかけた晩年録音作『American Recordings』シリーズの持つ力は、後に続く世代にどれほどの精神的支柱となったことか。

老いても、それでも歌い続けるということ。
歌い継がれる歌こそが、人生を深く豊かにしてくれるということ。
それがキャッシュの人生最後の教えだったのかもしれない。
大人になることを拒絶した日本の音楽シーンとは大違いだ。
苦悩しながらも成長する──それが本当のイノセンスだ。

「人は教会に行ってこう言う。『私は正直に生きています。天国に行けますか?』……私はそんな風には生きられない。人生では多くの人に出会い、様々な苦悩を経験するから」

Johnny Cash 1932-2003


参考文献/『JOHNNY CASH THE ANTHOLOGY』

すべてはこの男から始まった〜ジョニー・キャッシュ特集

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