TAP the SONG

追悼・岡本おさみ① 詩集『ビートルズが教えてくれた』から生まれた森進一の「襟裳岬」

2015.05.08

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ビクターレコードの創立50周年を記念する企画で、フォークソング・ブームを巻き起こしていたシンガー・ソングライターの吉田拓郎と、作詞家の岡本おさみのコンビに若き演歌スターの森進一に書き下ろしの歌を作るという案が通った。

アイデアを提出したディレクターの高橋隆は入社してからまもない新人で、キャリアはなかったが企画者として制作を担当する。

ビートルズが教えてくれた

高橋が訪ねると岡本おさみは「今あるもので良ければ」と、発売前の詩集『ビートルズが教えてくれた』のゲラ刷りを見せてくれた。
その本の170ページに載っていた「焚火Ⅰ」という詩が、高橋の目に止まった。
何についての詩かと岡本に尋ねると、北海道で昆布採りの女の人の姿を見て書いたものだという。

焚火Ⅰ

北の街では もう 
悲しみを 暖炉で 
燃やしはじめているらしい
理由のわからないことで 
悩んでいるうちに 
老いぼれてしまうから
黙りとおした歳月を 
ひろい集めて
暖めあおう

君は二杯目だね 
コーヒーカップに
角砂糖ひとつ
捨ててきてしまった
わずらわしさを 
くるくるかきまわして
通りすぎた夏の匂い 
想い出して
恥ずかしいね

いつもテレビは、ね! 
あまりにも他愛なくて 
かえっておかしいね
いじけることだけが 
生きることだと 
飼いならしすぎたので
身構えなければ なにも
できないなんて 
臆病だね

寒い友だちが来たよ  
えんりょはいらないから  
暖まってゆきなよ


岡本はその頃、吐き出したいことをひとつの詩にするのではなく、いくつかの詩に分けて書き続けている。
そして書きたいことを出し切ったら、また別のことに取り掛かるという方法をとっていたのだ。

高橋は「焚火Ⅰ」を歌のサイズに変えてほしいと頼んだ。
そして「焚火Ⅰ」が吉田拓郎のもとに、岡本から電話で伝えられていった。

曲をつけてみた吉田拓郎が電話で、いくつかのことばを変えたいと言ってくる。
二人のソングライティングにおける共同作業は、電話で話しながら続いていった。

「二杯目だね」が「二杯目だよね」に、「角砂糖ひとつ」が「角砂糖ひとつだったね」に改められた。
「日々の暮らしはいやでも」の一行も、電話の最中に吉田拓郎から出てきたという。

こうして完成に近づいたのだが、歌うのが人気歌手の森進一(もりしんいち)である割には、「タイトルの焚火がちょっと変だなぁ、弱いなぁ」ということになった。
その時、岡本がいくつか旅をしてきた日本の風景を思い出していて、ふっと浮かんだのが襟裳岬(えりもみさき)だった。

詩集『ビートルズが教えてくれた』の「焚火Ⅰ」の前ページには、「襟裳岬」という昆布採りの女の人が登場する詩があったのだ。

もしかすると「もりしんいち」のなかの印象的な音韻、「もり」が詩から詞へと誘発したのかもしれない。

襟裳岬

こうして鈍行列車に揺られながら 
したためた短い便りは 
電話の鳴り続ける忙しいきみの机に 
名も知らぬ配達夫が届けるだろう 
都会のなすがままになっているきみは 
素直さをすりへらし 
わずかなやさしさを守るのに精一杯で 
人に分け与える余裕がない
襟裳の秋はなにもない秋です
昆布を採る人の姿さえも
そうしてほんのひととき 
きみはわずらわしさを忘れ 
襟裳の民宿で汚れたシャツを洗うぼくを想い浮かべ
そのたどたどしい手つきに ふと 
微笑むかもしれない


「わずらわしさ」というキーワードでつながっていたふたつの詩がひとつになって、「襟裳岬」という新たなうたが誕生したのである。

「襟裳の秋はなにもない秋です」が、どうして「襟裳の春はなにもない春です」になったのかは、歌ってみればすぐに分かる。
意味よりも音韻が優先されて「秋」から「春」になったのだろう。

岡本は『ビートルズが教えてくれた』のあとがきで、うたのことばについてこう述べている。

読んでいい詩とうたのことばとは、もう境がないと言う人があるけれど、ぼくはそう思わない。どんな秀れた詩でも、メロディーをつけて、歌うと退屈な場合が多い。読む、あるいは見る詩と、歌う、あるいは聴くことは区別して、うたことばを創ってみたい。


作詞家は必ずしも詩人ではない。
作曲家と組んでこそのソングライターなのだ。

『ビートルズが教えてくれた』のあとがきで、岡本は「ぼくはただ貧しい言葉を書くだけだが、その言葉からいろんな人との共同作業が広がるのでうたはおもしろいと思う」とも書いている。

楽曲は音楽化していく過程でミュージシャンやアレンジャー、プロデューサー、さらにはエンジニアなどともつながっていく。
最後に歌手がうたって、歌は完成する。

人と人とのつながりが、うたを生み出すのである。
森進一が歌ったテープを聴いた吉田拓郎は、「びっくりした~俺、トランペットを聴いた時、倒れたもん」と、後に笑いながらアレンジに驚いたと語っている。

活字より映像より、絵画より、はるかに強くうたによってぼくは影響を受けた。ぼくがこんなにもうたを好むのは、ビートルズを聴いたからであり、僕をこんなにさせてくれたのも、ビートルズである。
 
  一九七三年九月   岡本おさみ


「襟裳岬」は大ヒットを記録し、1974年の第16回日本レコード大賞に輝いた。



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