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ロック・スターのイメージを脱ぎ捨てたデヴィッド・ボウイの新たな挑戦

2024.01.09

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「多くの人が、あれ以上のショウはありえないと思ってくれているんだ」


デヴィッド・ボウイがそう語ったのは、1974年に企画された「ダイアモンド・ドッグス・ツアー」のことだ。

その構想が始まったのはツアーの前年、自らが作り上げたロック・スターのジギー・スターダストと別れたボウイが、ジョージ・オーウェルの小説『1984年』を読んだときからだった。

近未来の悪夢を描いた小説の世界観に魅了されたボウイは、ミュージカルでその世界を再現したいと考えたのだ。そこで早速『1984年』の版権を持つオーウェル未亡人に連絡をとった。

ところが以前に『1984年』が映画化された際、勝手に小説と違う結末に変えられたことに立腹した未亡人は、それ以降は他のメディアへの使用許諾を全て断っていた。
ボウイも例外なく断られてしまったために、その世界観をモチーフに新たな作品を書きはじめることになる。

1974年の1月8日、27歳の誕生日を迎えたボウイは、昼にフリッツ・ラング監督の映画『メトロポリス』(1927年公開)を観ている。
SF映画の古典的名作と評価されるその映画は、21世紀のディストピア未来都市を描いた伝説的な超大作だった。


その夜に開かれた誕生日を祝うパーティーに出席したボウイは、マネージャーからアルバムの制作をせかされた。

「このイギリスでこそ、おまえさんは随一の大スターさ。
でもアメリカじゃ、まだまだマイナーの域を出ていないんだぜ」


ロック・スターとしての地位を築いたアルバム『ジギー・スターダスト』に続いて、1973年にリリースしたアルバム『アラジン・セイン』も、イギリスでは各紙の賞を総なめにして確固たる人気を得たが、アメリカではまだそれほどの成功を収めてはいなかった。

新しいアルバムのための曲をすでに書き溜めていたボウイは、その日を境にほとんど毎日のようにスタジオに入ってレコーディングに取り組み、4月には『1984年』を題材にしたアルバム『ダイアモンド・ドッグス』を発表した。

アルバム制作と平行してツアーの計画も進めていたボウイが考えたのは、それまでのロックにはない全く新しいショウだった。

映画『メトロポリス』の世界観を取り入れたステージには、形而上的な絵画を彷彿とさせる歪んだ摩天楼がそびえ立ち、そこには上下に可動する橋がかけられている。
中央には花のように開くオブジェが置かれ、客席へと伸びるクレーンがステージ脇に設置された。
大掛かりな舞台セットを完成させるためには、25万ドルもの大金が必要となった。

ツアー初日となる6月14日、カナダのモントリオール・フォーラムにはボウイのファッションを真似た若者が集まった。
彼らは髪をカラフルに染め、顔には『アラジン・セイン』のジャケットのような稲妻をペイントし、各々がきらびやかな服装を身にまとっていた。

ところが本番が始まって彼らの前に現れたのは、伸びた髪を横に流し、フォーマルなグレーのスーツに身を包んだボウイだった。

衣装を決める打ち合わせのとき、これまでのイメージを守ったほうがいいのではと心配するスタッフもいたが、ボウイはきっぱりとそれを否定した。

「厚底の靴をはいて化粧したガキ連中に見せつけてやるよ。ぼくはフラット・シューズでいくから」


それまでのイメージとかけ離れた姿に動揺したファンだったが、ショウが始まると今度はダイナミックに展開していくステージに度肝を抜かれるのだった。
「スペース・オディティ」ではクレーンの先に取り付けられた椅子に座ったボウイが、客席の真上に移動して電話の形をしたマイクで歌ってみせた。

音楽とパフォーマンスが一体となった『ダイアモンド・ドッグス』の世界が、大掛かりな装置と奇抜な演出によって映画さながらに再現された。
それはロックのコンサートという枠組みを超えるものだった。

デヴィッド・ボウイのコンサートは後日、様々なメディアや批評家から賞賛の嵐を浴びた。

「あれほど独創的で壮大なロック・ショウは初めて見た」
「唯一無二のすばらしい作品」
「完璧で見事にとぎ澄まされたショウマンシップ」


だが大規模なコンサートは、少しずつほころびを見せはじめていった。

10時間以上かけて組み上げたセットは、ショウが終わればすぐにバラさなければならない。
休む時間もなく次の会場に移動し、またゼロからセットを組み上げなければならず、それが毎日に続いた。

ツアー・スタッフにかかる負荷は並外れて大きく、疲労とストレスを紛らわすためにマリファナが蔓延していく。
装置のトラブルも増えて、ボウイの立っていた橋が急に落下し、あわや大惨事という事態も起きた。

そして舞台装置を載せて走っている車に蜂が入り込んで、運転手が刺されて沼に突っ込むという事故まで起きてしまう。
その日は舞台装置なしでステージに立たざるを得なかった。

誰もが心身ともに疲れ果てながらも、なんとか乗り切って1ヶ月半の休暇に入ると、ボウイは早くも次作の制作に取りかかった。
そしてダイアモンド・ドッグスのツアーは9月に再開したものの、ロサンゼルス公演を最後に舞台セットは封印されるのだった。

ボウイはのちに、このように振り返っている。

「あれは金のかかったすごいショウだった。とても風変わりで、まるで異次元からやってきたという感じでね。
表現派の映画が現実になったようなもので、『メトロポリス』 と『ガリガリ博士』が一緒になったような感じっていうのかな。
でもステージは白黒じゃなくてカラーだし、ロックンロールのサウンドトラックもついている。あれは特別だった。本当に」


音楽と文学、映画、そして演劇を融合させた前代未聞のロック・ショウは、多くのファンに強烈な印象を残して、あっけなく幕を閉じたのだった。



参考文献:
『デヴィッド・ボウイ』ジェリー・ホプキンス著 きむらみか訳(音楽之友社)
『デヴィッド・ボウイ 神話の裏側』ピーター&レニ・ギルマン著 野間けい子訳(CBSソニー出版)
『全曲解説シリーズ デヴィッド・ボウイ』デヴィッド・バックレー著 前むつみ、森幸子訳(シンコーミュージック・エンタテイメント)

デヴィッド・ボウイ『ダイアモンドの犬』
ワーナーミュージック・ジャパン


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(このコラムは2016年1月9日に公開されたものです)

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