「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

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吟遊詩人になることを志してギターを手にしたエリック・クラプトン

エリック・クラプトンがはじめて買ってもらったギターは、プラスチックでできたおもちゃのエルヴィス・プレスリー・モデルだったという。 本格的なギターを手にしたのは1…

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遠藤ミチロウと忌野清志郎がクドカンに叩き込んでくれた“反骨精神”

かつてない大型連休のなかで開催されたイベント、『忌野清志郎 ロックン・ロール・ショー 日比谷野外大音楽堂Love&Peace 2019年5月4日 ~F…

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『戦場のメリークリスマス』で俳優に起用された坂本龍一、その音楽を認めた英国の映画プロデューサー

2013年に亡くなった映画監督の大島渚について、当時のニュースは、告別式の最後に弔辞を読んだ坂本龍一が、「あなたは私のヒーローでした」と語ったと報じていた。 「…

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追悼・萩原健一~「こんな親友を持てたこと、幸せに思うよ」と本人に語っていた井上堯之

萩原健一(ショーケン)が俳優として圧倒的な存在感を放つようになった後で、シンガーとしての活動を復活させたのは、初のソロ・アルバム『惚れた』をリリースした1975…

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【萩原健一インタビュー】原点回帰したことで進化を続けるショーケンのブルース

萩原健一さんが2019年3月26日に消化管間質腫瘍のため東京都内の病院で死去したことが、3月28日に明らかになりました。享年68。 TAP the POPでは2…

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追悼・大森昭男~「三木鶏郎の弟子が三木雛郎?それならば…」と三木卵郎を名乗った大瀧詠一

大瀧詠一が自らを「三木卵郎」と名乗っていたのは、1977年にサイダー・シリーズを柱とするCMソングでまとめた異色のアルバム、『ナイアガラCMスペシャルVol.1…

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追悼・大森昭男~はっぴいえんどの大瀧詠一を発見したことから始まったCM音楽の新時代

CM音楽のプロデューサーとして、1970年代の音楽シーンに新風を吹き込んだ大森昭男は、日本におけるコマーシャルソングの祖といわれる三木鶏郎の門下生で、1960年…

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追悼・大森昭男~次々と作品がボツになっても、なぜ大瀧詠一はCMに起用され続けたのか?

大瀧詠一は、1972年の11月に初のソロ・アルバム「大瀧詠一」を出したものの、73年と74年は自分のアルバムを1枚も出さず、いわば雌伏の期間を過ごしながらナイア…

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中原理恵「東京ららばい」のアレンジを彩っていたサンタ・エスメラルダのフレーバー

桑名正博のデビュー曲「哀愁トゥナイト」を作り終えた1977年2月、筒美京平と松本隆はリオのカーニバル観光を中心した南米旅行に出かけている。 引く手あまただったヒ…

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竹内まりやが「一緒に歌う相手は大瀧さんしかいない」と決めていたラブソング

1967年にフランク・シナトラと娘のナンシー・シナトラが歌った「Something Stupid(恋のひとこと)」は、全米No. 1ヒットになったデュエットの定…

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オジー・オズボーンとランディ・ローズ〜運命のオーディション

失意のオジー・オズボーンに希望を与えたランディ・ローズ 1979年、オジー・オズボーンはブリティッシュ・ハードロックの伝説的バンド、ブラック・サバスに愛想を尽か…

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テイラーやケイティだけじゃない! ロックとポップの美女図鑑(60~80年代・後編)

以前、【テイラー・スウィフトだけじゃない! 美女揃いのカントリー歌手たち】という企画を配信しましたが、たいへん好評で今でも多くの方々に閲覧されています。 加えて…

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