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デヴィッド・ボウイ~ジギー・スターダストとの別れ

2014.04.29

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デヴィッド・ボウイの確固たる地位を築いた金字塔的アルバムが、1972年にリリースされた『The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars(“ジギー・スターダストとスパイダーズ・フロム・マーズの栄光と没落”)』だ。

1964年、デイヴィー・ジョーンズは若干17歳でレコード・デビューを果たすも、なかなかヒットには恵まれなかった。
バンドを変えたり、名前をデヴィッド・ボウイに変えたりと、様々な試行錯誤を経てようやく芽が出たのは1969年、「Space Oddity」のヒットでついにミュージシャンとしての成功を掴む。

それから3年後の1972年、デヴィッド・ボウイが発表したのは宇宙から来た架空のロックスター、ジギー・スターダストを題材とするコンセプトアルバムだった。

ジギーの存在はレコードの中に収まらず、デヴィッドは自らジギー・スターダストを演じてツアーをするという構想を実行に移す。

前髪は短く立たせて後ろ髪は長く伸ばし、全体を赤に染めた奇抜なヘアスタイルはジギー・スターダスト、そしてデヴィッド・ボウイの象徴となった。
バンドメンバーには髪を伸ばすよう指示し、ステージに上がる際には化粧を施してジギーのバックバンド、スパイダーズ・フロム・マーズへと仕立てあげる。

1972年2月からイギリスで始まったジギー・スターダスト&スパイダーズ・フロム・マーズによるツアーは世間に衝撃を与えた。
数年前まで長髪というだけで女みたいだと言われた時代に、ヒラヒラしたドレスや全身にピッタリと密着したタイツを着て歌う男など前代未聞だった。
だが、ジギーの中性的な輝きは多くの若者の心を掴み、新たな時代のロックスターとなった。

ツアーは追加公演を重ね、秋からは半年かけてアメリカ中を回り、翌年には日本でもツアーを敢行する。
イギリスに戻ると再び国内を回り、その後はヨーロッパなど翌年までツアーが予定されていた。

だがイギリスツアーの最終日となる1973年7月3日、ロンドンのハマースミス・オデオンで突如その瞬間は訪れた。

コンサートはアンコールに入り、次が最後の1曲という時だった。

「今回のツアーは自分の人生で最高のものになった。中でも今日のステージは一生忘れないだろう。なぜならツアーの最終日というだけではなく、このバンドも今日で最後だからだ。ありがとう。」


観客はおろか、バンドメンバーやスタッフすらも驚かせる発言だった。
それはジギー・スターダストに飲み込まれてしまおうとしていたデヴィッド・ボウイという人間が、自分自身を取り戻すための唯一の術だった。

数年後、デヴィッドはインタビューでジギーについてこう語っている。

「ぼくもジギーに魅せられていたよ。昼も夜も、あの人物になりきるのはとても簡単なことだった。僕はジギー・スターダストになったんだ。幻想の中で、救いようもないくらい自分を見失っていたのさ。」


ジギー・スターダストの最後となった7月3日のコンサートは1984年にドキュメンタリー映画として公開され、その一部始終を観ることができる。
ロック・スターのイメージを脱ぎ捨てたデヴィッド・ボウイの新たな挑戦へと続く)



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