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ミリオンダラー・ホテル〜屋上の寂れた看板と風景に魅せられたボノとヴィム・ヴェンダース

2024.02.08

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『ミリオンダラー・ホテル』(The Million Dollar Hotel/2000)


『ミリオンダラー・ホテル』(The Million Dollar Hotel/2000)は、ボノ(U2)のアイデアが膨らんで脚本となり、ヴィム・ヴェンダースが自身の監督20作目に選んだ作品。その始まりは1987年にリリースされたU2の『ヨシュア・トゥリー』。冒頭を飾る「Where the Streets Have No Name」のビデオ撮影のことだった。

俺とエッジで屋上に上ったんだけど、“Million Dollar Hotel”という看板を見た時は目を疑ったね。その名前に詩を感じたんだ。まるで本や芝居や映画のタイトルのようで、ここを舞台に誰かに物語を書いてもらいたがっているみたいだったよ。


1917年にLAのダウンタウンに建てられたこのホテルは、最盛期には政府の要人や著名人たちの常宿だったものの、やがて廃れてフロンティア・ホテルという名の治安の悪い安宿に変わった。だが屋上には“Million Dollar Hotel”の寂れた看板だけが残っていたのだ。

ボノの原案はニコラス・クラインの協力によって脚本となり、何年もかけて練られていった。そのうち仕事をきっかけに交友のあったヴェンダースも加わるようになる。最初、ボノは“あのヴェンダース”に監督をしてもらうことなど怖くて言い出せなかった。しかし愛することがどれだけ難しいかを描くこの映画のことを思うと、うまく撮れるのは一人しかいない。

彼が脚本を書いているなんて考えもしなかった。ある日、ボノがアドバイスがほしいと言ってきた。私たちは監督の件も話し合った。でもそれはトリックだったんだ(笑)。彼はそうして私をその気にさせた。


ドイツ出身のヴィム・ヴェンダースは『都会のアリス』『さすらい』『パリ、テキサス』といったロードムービーで。アイルランド出身のU2は『焔』『ヨシュア・トゥリー』『魂の叫び』といったアメリカ三部作で。かつてアメリカの風景や音を追い求めた男たちは意気投合したに違いない。

近未来を舞台に撮影するプランもあったそうだが、制作費の問題で現代に設定が戻された。撮影期間は6週間。セットを嫌うヴェンダースはホテルにカメラを持ち込んだ。

ホテルのすべての階は尿やマリファナの臭いが立ち込めていて、前を通り過ぎるだけで吐き気がする部屋もあった。警察の手入れ、銃撃戦、自殺も起きていた。救急車は絶え間なくやってきて、そのほとんどは麻薬がらみのトラブルだった。ネズミも我がもの顔で走り回るし、図鑑に載っている昆虫はすべていたよ。


主役のトムトムを演じたのはジェレミー・デイヴィス、エロイーズ役にはミラ・ジョヴォヴィッチ。

キャンティングが終わった段階で映画は50%完成している。これまでにもダスティン・ホフマンやトム・ハンクス、ディカプリオらが知的障害者を演じてきた。でも私はステレオタイプとは違う新しい役柄を作りたかった。俳優自身の中にある子供の純真さ、それを表現できる俳優を探した。


ミリオンダラー・ホテルの住人は、社会からはみ出した連中ばかり。ピュアで人を疑うことを知らぬトムトム(ジェレミー・デイヴィス)もその一人。知的障害のある青年は、同じ住人のエロイーズ(ミラ・ジョヴォヴィッチ)に密かに憧れを抱き始める。感情で動くトムトムに対し、知性や記憶に支配されているエロイーズ。ある日、彼女はこう囁く。「私は存在していないのよ」

ホテルではFBI捜査官のスキナー(メル・ギブソン)が風変わりな住人たちに疑惑の目を向けている。先日、トムトムの親友イジーが屋上から転落死したのだ。イジーの父親がメディア王で、息子は自殺ではなく何者かに突き落とされたと言い張ったことから、事件はテレビで取り上げられ、世間を騒がしていく。一方でトムトムの言動に次第に心を開き始めるエロイーズ。スキナーは二人の関係を利用して、事件の真相を暴こうとするのだが……。

トムトムのエロイーズへの愛は所有の愛ではない。彼にとって彼女は眠り姫だ。彼は自分の生命を賭けて姫を眠りから覚ます。エロイーズに本当の彼女自身を発見させる。彼はすべての人に愛を注ぐ。そして観客もトムトムと同じ視線になっていく。その時、ゴミ溜めのようなホテルは宮殿になる。狂っているような住人たちが素敵な人たちに見えてくる。


サウンドトラックは、ボノやブライアン・イーノ、ダニエル・ラノワらによるザ・ミリオンダラー・ホテル・バンドが録音。それにしてもホテルの屋上からの幻想的な空模様が忘れられない。混沌とした薄汚れたホテルの室内は都会に生きる者たちの心の風景そのものだった。ファンタジーとリアルの狭間に立ったような『ミリオンダラー・ホテル』は、ヴェンダースとボノによる“移動しない”ロードムービーのようにも思える。

私はこの映画が大好きになってしまった。監督は撮影が終わるとホッとするものだ。トリュフォーは「どんなにいい映画が作れてもいつかは終わらせたいと思う」と言った。でも私は「この映画をできることならいつまでも終わらせたくない。このままみんなと一緒にいたい」と思った。


予告編


U2の「Where the Streets Have No Name」

DVD『ミリオンダラー・ホテル』

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*日本公開時チラシ

*参考・引用/『ミリオンダラー・ホテル』パンフレット
*このコラムは2018年7月に公開されたものを更新しました。

評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
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