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繰り返される悲しみに~「汚れた街」スティーヴィー・ワンダー

2020.06.03

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アメリカでは初の黒人大統領としてオバマ氏が就任したにもかかわらず、人種差別の問題はまだまだ根深く残る。警官に撃たれる黒人の率や黒人の逮捕率は白人の2倍にのぼるといわれる。オバマ大統領は差別是正を訴えてきたが、2016年の大統領選挙を前にして、排他的なコメントを発する候補がずいぶんと人気を集めているのが、今のこの国の現状だ。

1973年5月24日、スティーヴィー・ワンダーはニューヨーク・シティーの刑事に殺された黒人少年の葬儀に参列した。この葬儀には何千という人々が参列していた。
この時のテレビやラジオのレポーター達にスティーヴィーは語った。

「僕はこの事件を追ってきた。僕の心にはアメリカの愚かさがまた一つ刻まれてしまった。黒人の人達に事の重大さを認識して、行動を起こすことを期待します。」

スティーヴィーが語った“行動を起こす”は、決して警官を狙撃することではなかったはずだ。
なぜならスティーヴィーは、非暴力で黒人公民権運動を主導してきたキング牧師の誕生日を祝日に制定する運動を牽引してきたのだ。
参考:「僕たちはこの曲を歌うたびにその日を祝福していたんだーキング牧師の誕生日を祝日に」

1973年に発売されたアルバム『インナーヴィジョンズ』に収録されている楽曲「汚れた街(Living For The City)」では、アメリカ南部に生まれた黒人青年の苦痛や怒りを辛辣に表している。

まだ人種差別がひどかった頃
ミシシッピーの掘建て小屋の一室で少年は生まれた
両親は彼がまっとうな道をたくましく行きていけるようにと
たっぷりの愛情を注いだ
都会で過不足なく暮らしていけるようにと

彼の父親は日に14時間も働くことがあったが
かろうじて1ドルを稼げるだけなのは目に見えていた
彼の母親は何度も何度も人の家の床をゴシゴシ磨いて
ようやく1ペニーを稼いだらいい方だった
都会では生きていくのが精一杯だった




2016年7月、続けて起きた白人警官による黒人射殺事件を受けて、アメリカ各地では抗議活動が起こっていた。
ニューヨークのマンハッタンでは「私の皮膚の色は脅威ではない。銃を向けないでくれ。」と数千人が叫びながらデモ行進をしたそうだ。

肌の色による差別が引き起こした事件は、過去から何度も繰り返されてきた。
しかし、多くの黒人達がその都度非暴力によって訴えてきた。
これ以上悲しみは繰り返されてはならない。
報復の応酬などはもってのほかだ。


スティーヴィー・ワンダーは今でもライブで、差別による貧困や事件の撲滅を訴えるメッセージとともにこの「汚れた街」を歌っている

2010年グラストンベリーの公演より


そして彼のメッセージを受けた多くのミュージシャンが、この歌をカヴァーしている。
音楽こそが、いろんな困難を乗り越えられる架け橋になるはずと信じて。

Ray Charles


Ike & Tina Turner


Beyonce(Live)

彼の姉は肌は黒いが美人だった
短いスカートからはたくましい脚がのぞいていた
学校へ歩いていくために彼女は早起きをした
身に着ける洋服は古かったが決して汚れてはいなかった
都会では生きていくだけで精一杯だった

彼の兄は他の誰よりも分別があって頭の切れる男だ
彼はずいぶんと我慢強かったけれど
無駄骨を折るばかりでなかなか仕事はみつからない
そもそもこの街では有色人種を雇おうとしないんだから
とにかく都会では生きていくのが精一杯なんだ

都会では生きていくだけで精一杯

彼の髪は伸び頑丈な脚はほこりだらけ
日々ニューヨークのストリートを歩き回って過ごしているのさ
この汚れた空気を吸って息も絶え絶え
投票も試みるけれど彼には何の解決策にもならない
この都会でなんとかやっとの思いで生きているんだ

俺の心からの悲しみの声を聞いてくれないか
そして、より良い明日を作ろうという気持ちになってほしいんだ
これほどに冷酷な場所なんてないだろう
もしも変わらなければ、この世の中は破綻してしまうよ
生きるのが精一杯な世の中なんて終わりにしなくちゃ


参考文献:「スティーヴィー・ワンダー 心の愛」ジョン・スウェンソン著 米持孝秋訳(シンコーミュージック)


スティーヴィー・ワンダー『インナーヴィジョンズ』
USMジャパン

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