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センシティヴな【魅惑のソウル・ヴォーカル⑤】マーヴィン・ゲイ(前編)~神が授けた歌うという才能

2017.04.10

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神が授けた飛ぶという才能を、鳥は悩まない。如何に速く、優雅に空を舞うかだけを考える。マーヴィン・ゲイも神から美しい声を授けられた。だが、彼は如何にして声を磨くかだけでなく、何故、神が彼にその声を授けたのかまでも思い悩んでしまった。そして、自らを出口のない場所にまで追い込んでしまった。
ーフィリップ・ベイリー(アース・ウィンド&ファイヤー)

~紺野慧1995年インタビューより

マーヴィン・ゲイの神から授けられた才能を最初に見出したのは、人気ドゥーワップグループ、ムーングロウズのハーヴェイ・フークワだった。
1958年にワシントンD.C.で当時19歳のマーヴィンと出会ったハーヴェイは、キラリと光るものを見出すと1960年にはムーングロウズを解散させ、この10歳年下の青年に賭ける気持ちでモータウン・レコードのあるデトロイトを目指した。

そしてハーヴェイはモータウンとプロデューサー契約を結ぶ。翌年の5月にはマーヴィンがデビューを果たす。その2週間後には、当時「ショップ・アラウンド」が大ヒットしていたがアルバム・デビューはまだであったミラクルズを差し置き、異例の早さでアルバム・デビューをも果たしている。
ジャズをこよなく愛するマーヴィンは、ジャズ・スタンダードのアルバムを出すのが念願だったという。その願いもナット・キング・コールが亡くなった1965年にトリビュート・アルバムをリリースするという形で叶うなど、モータウンの創業者であるベリー・ゴーディーJr.もマーヴィンの光る才能に期待していたことがうかがえるのだ。

「Mona Lisa」



その後「エイント・ザット・ペキュリア」や「ハウ・スウィート・イット・イズ」など、いくつかのヒット曲はあったものの、テンプテーションンズやフォー・トップス、シュープリームスといったグループの人気の陰に隠れて、モータウンの目玉アーティストにはなれず、マーヴィンは悔しい思いを胸のうちに抱えていたという。


しかし1967年にベリー・ゴーディーJr.の発案でタミー・テレルとデュエットを組むと、マーヴィンの甘く優しいヴォーカルと情熱的なタミーのヴォーカルとの相性がロマンティックな魅力を放ち、「エイント・ノー・マウンテン・ハイ・イナフ」などヒット曲を連発するようになった。だが、その年のライヴでタミーは「ユア・プレシャス・ラヴ」を歌っている最中にマーヴィンの腕の中に倒れ込んでしまう。タミー・テレルの病は思いのほか重篤であり、それから3年後に彼女はこの世を去ってしまうのだった。

「Your Precious Love」


そしてタミー・テレルの死後、マーヴィンは銃を持って部屋にこもり、ドラッグ漬けの自暴自棄な日々を過ごすようになる。豊かな感受性は、裏を返せばとても繊細で傷つきやすく、またその繊細さこそがマーヴィン・ゲイの声が持つ魅力だったのかもしれない。

タミー・テレルの事件の後、誰とも会わず、ひとりで部屋にこもりながら死への誘惑に捕らわれていたとき、常に心に突き刺さっていたのは彼女に何もしてやれなかったという思いだった。
タミー・テレルが腕の中に倒れ込んでくるほんの数分前まで、キミがトラブルに見舞われたときにはふたりの間にどれほど高い山や深い谷があろうとも駆けつけて見せると「エイント・ノー・マウンテン・ハイ・イナフ」を歌っていたのに、実際には腕の中にいる彼女を呆然と見ているだけでしかなかった。


一方でマーヴィンは、ヒットを追いかけ歯の浮くようなラヴ・ソングを歌っている自分の音楽は、ブラック・コミュニティの現実に対して何も貢献していないと感じていたという。

1960年代中頃のアメリカは激動の時代にあった。
黒人公民権運動においては、1965年にマルコムXが、1968年にはキング牧師が銃に倒れ、各地で暴動が起こっていた。また1965年にアメリカ軍がベトナムへの空爆を開始し、ベトナム戦争に突入していった。

1971年にマーヴィン・ゲイは、ベトナムから帰還した弟フランキーの話から、その戦争がアメリカもベトナムもどちらも傷つくだけの不毛な戦いであるということを知ったという。
黒人公民権運動で流れた血、ベトナム戦争、そしてスラムの貧しさからくる家庭の崩壊や暴力など、全ての傷や痛みの本質を伝えるため、マーヴィンはタミーの死というショックを乗り越え、再び歌うことを決心する。
そのコンセプトに基づいて誕生したのが、ニューソウルの始まりとも言われる名盤『愛のゆくえ~What’s Going On』だ。

歌うという才能を神から授けられた自分は、何ができて、何をしなければならないのか。そう考えたとき、ただロマンチックなことばで歌を飾るのじゃなく、社会をみつめ自分自身のことばで人の心や魂を揺さぶる歌を書く。それがアーティストの使命ではないのかと思い至った。

傷つき、悩み抜いた末に神から授けられた歌うという才能を存分に生かしきった、魂を揺さぶる歌声が聴けるのが、マーヴィン・ゲイの「What’s Going On」なのだ。

「What’s Going On」(Live in 1972)


参考文献:イナー・シティ・ブルース マーヴィン・ゲイが聴こえる 紺野慧著 株式会社ヤマハミュージックメディア


こちらもどうぞ
二人の歌・前編〜ソウルミュージック最高峰のデュエット〜
二人の歌・後編〜タミー・テレルの死、そして影武者疑惑〜
What’s Going On〜この世界はどうなっているの?何が起こっているの?〜



Marvin Gaye『What’s Going On』
Universal

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