TAP the STORY

マール・ハガード〜死刑囚の心の風景を想って作った伝説の歌

2017.04.06

Pocket
LINEで送る

正直言って、それは俺が人生で初めて見た太陽の光だった。ジョニーは俺たち囚人に、子供の頃に教えられた素朴な信仰心を思い出させてくれんたんだ


マール・ハガードが初めてジョニー・キャッシュのステージを観たのは、サンフランシスコのサン・クエンティン刑務所の中。1958年の元日に行われた慰問行事でのことだった。

彼は強盗罪に問われた囚人の一人で、当時まだ20歳。死刑囚監房近くで長く暗い時間を過ごしていたが、この音楽体験を機に模範囚となって21歳の時に仮釈放された。

ハガードはその後、故郷のカリフォルニア州ベイカーズフィールドに戻り、昼は肉体労働に勤しみながら、夜は酒場で歌い始める。それは当時のカントリーの主流であったポップなナッシュビルサウンドとは対極の、荒々しいギターやドラムを前面に押し出した、ハンク・ウィリアムスやレフティ・フリッゼル直系のラフなサウンドだった。ハガードはバック・オウエンズらと共に、西海岸ベイカーズフィールド・サウンドの担い手となっていく。

しかし、有名になるにつれ、ハガードには過去の自分の経歴に対する不安が消えなかった。そんな時、ジョニー・キャッシュ・ショーへの出演が舞い込む。そこでハガードの前科を知るキャッシュは、とんでもない依頼を持ちかけた。観客の前で自らの過去を話せないかと言ったのだ。

それは嫌だって言ったよ。刑務所にいたことは知られたくない。話したら、頭のおかしい奴だと思われてしまう


それでもキャッシュは、正直に話せば観客は必ず味方になってくれる。怖いと思う気持ちも正直に話すべきだと説得した。キャッシュを尊敬していたハガードは少しずつ心を動かされ、その通りにした。そして彼は観客や視聴者に受け入れられた。

そのステージでハガードは自作の「Sing Me Back Home」を歌う。それは兄貴分だった死刑囚が、母親が自分が子供の頃によく歌ってくれたゴスペルを、刑務所内でギターを弾けるハガードに看守を通じてリクエストしたという、サン・クエンティンでの実話から生まれ歌だった。

俺を故郷に連れ戻してくれないか
昔よく聴いた歌を歌って 昔の思い出を蘇らせてくれないか
俺を連れ去ってくれないか
時計の針を戻して 故郷に帰らせてくれないか
俺が死ぬ前に


その死刑囚もハガード同様、1958年のキャッシュの歌を目の前にして、子供の頃の光景を取り戻していたに違いない。


サン・クエンティンでの実話
刑務所の作業所で裁判所の机を作っていると、ある夜、脱獄の方法を思いついた。ハガードは机の中に身を隠すことを年長の囚人に打ち明ける。しかし、彼はまだ若く刑期の短い、しかも音楽の才能があったハガードの将来を想って、代わりに自らが塀の外へ旅立つ。逃亡先の町で交通違反を犯して刑務所に戻って来た彼は、裁判で死刑となる。以来、監房の小窓越しに無言の会話を交わす日々が続く。そして死刑執行前夜、ハガードはその年長の囚人がどんな想いを抱きながら死んで行くのかをずっと考えていた。*参考/『アメリカの心の歌』(長田弘著)

マール・ハガード『Sing Me Back Home』

(1968)



*このコラムは2015年2月7日に公開されました。

こちらのコラムも併せてお読みください。
涙の川を渡った男たちの心の風景〜キース・リチャーズとグラム・パーソンズ

キース・リチャーズと権力との闘い──絶望の淵で天使を見た男

Pocket
LINEで送る

スポンサーリンク

関連アーティスト

関連するコラム

[TAP the STORY]の最新コラム

このコラムへの感想・コメントを書く

Pagetop ↑