TAP the STORY

デイヴ・グロールがカートの死を乗り越えて辿り着いた場所

2017.08.19

Pocket
LINEで送る

カート・コバーンが自宅で自殺したのは1994年の4月5日のことだった。
ニルヴァーナは活動を休止せざるを得なくなり、ドラムのデイヴ・グロールは計り知れない喪失感の中で何も手に付かず、ただ流されるままに日々を送るのだった。

それから1ヶ月が過ぎた5月のある日、レコーディングでドラムを叩いてくれないかと、デイヴは声をかけられた。
相手はマイク・ワット。80年代に活動していたバンド、ミニットメンの元ベーシストで、デイヴらの世代に影響を与えた人物の一人だ。
レッド・ホット・チリ・ペッパーズが1991年にリリースし、世界的な大ヒットとなったアルバム『ブラッド・シュガー・セックス・マジック』は、マイク・ワットに捧げられた作品でもある。



尊敬するミュージシャンからの誘いに、デイヴは「もちろん!何曲か演らせてよ」と答え、一週間後にはスタジオに入ることとなった。
メンバーはマイクとデイヴ、そしてニルヴァーナのクリス・ノヴォセリックにパール・ジャムのエディ・ヴェダーだ。
スタジオでデイヴが目の当たりにしたのは、ただただ純粋に音楽を楽しむマイクの姿だった。

「マイク・ワットっていう人を見ていて僕には凄い刺激になったよ。あんなに長いキャリアがありながら、彼は未だにバンでそこら中ツアーして回ってる。音楽が好きだから、プレイすることが好きだからね」


マイクがかつて組んでいたバンド、ミニットメンはボーカルでギター、そしてマイクと中学時代からの付き合いだったD・ブーンが1985年に自動車事故で他界し、解散の道を辿った。
ショックのあまりマイクは音楽をやめようと考えたが、ソニック・ユースのレコーディングに誘われたことがきっかけで、音楽に対する情熱を取り戻した。
カートを失ったデイヴとクリスが置かれていた状況は、かつてのマイクと同じだった。
そんな2人に音楽を続けてほしいという思いもあって、マイクはレコーディングに誘ったのだろう。



マイクとのレコーディングからしばらくが過ぎたある日、デイヴのもとに一通の手紙が届いた。差出人はシアトルのガールズパンクバンド、セヴン・イヤー・ビッチだ。

私たちはあなたが何を体験したかを知っています。

セヴン・イヤー・ビッチもまた、1992年にメンバーを一人失っていた。死因はアルコールと薬物を摂取したあとの嘔吐による窒息死だ。

音楽をやりたいという欲望は、今のところ失っているようですが、それはきっと蘇ります。 心配しないでください。

「その手紙によって僕の人生は救われたんだよ。カートを失った哀しみや喪失感は大きかったけど、自分にできることは結局ひとつしかなくて、それは音楽なんだって気付かされたんだ」


マイク・ワッツとのレコーディング、そしてセヴン・イヤー・ビッチからの手紙が呼び覚ましたのは、それまでのようにドラムを叩くことだけではなく、ニルヴァーナ時代に押さえ込んでいた、自分の曲を発信したいという思いだった。

デイヴには書き溜めていた曲がいくつかあった。カートの書く楽曲の凄さに気後れしてしまい、発表できずにいたものだ。
それらをかたちにするため、デイヴはスタジオに入った。そしてボーカル、ギター、ベース、ドラムといった全てを一人でこなし、ほぼ独力でアルバム1枚分の曲を完成させるのだった。



デイヴは自分の名前を表に出さず匿名でアルバムを発表しようと考え、作品には『フー・ファイターズ』と名付けた。
フー・ファイターとは、第二次大戦時に、空軍パイロットたちによってときおり目撃された謎の未確認飛行物体のことだ。
その目論みはレコード業界やメディアに知られてしまい叶うことはなかったが、フー・ファイターズはそのままデイヴの新たなバンドの名前となった。

翌1995年、デイヴはフー・ファイターズとともに一年間で100本以上ものステージをこなす。ニルヴァーナではドラムを叩いていたデイヴが、ギターを弾きながら歌う姿はファンを驚かせた。
12月には日本でも公演を行ったのだが、そのときにデイヴはクロスビート誌のインタビューでこのように話している。

「今思い返してみても、カートがいなくなってしまったことは本当に淋しいし、あんなことが起こらなければどれだけよかったかと思う……でも、起こってしまったし、それはもう変えようのない事実なんだ。
振り返ればいい思い出はたくさんあるけど、僕たちはこれからの人生を生き抜いていかなきゃいけない。僕たちは、過去とカートに敬意を表さなきゃいけない」


また、インタビューでは今は音楽が楽しくてしょうがないという気持ちを露わにしている。
まもなくカートが亡くなった27歳に自身もなろうというとき、デイヴ・グロールはただ前だけを見て、フー・ファイターズとともに音楽に満たされた日々を送るのだった。


参考文献:
「クロスビート1996年2月号」(シンコーミュージック)

Pocket
LINEで送る

スポンサーリンク

関連アーティスト

関連するコラム

[TAP the STORY]の最新コラム

このコラムへの感想・コメントを書く

Pagetop ↑