97年にジョン・ボン・ジョヴィが初のソロ公演を行った武道館での出来事。アンコールで機材のトラブルがあった。彼はすぐにアコースティック・ギターを持ってこさせて、予定外の曲を歌ったのだ。
「今までやったことのない曲を歌うよ。僕が書いた曲ではないんだけどね。僕はこの人のようになりたいと思って成長してきた。そして今だってこの人のようになりたいと思っている。サウスサイド・ジョニーの曲だ」
彼が歌い始めたのは、サウスサイド・ジョニー&ジ・アズベリー・ジュークスの代表的レパートリーで、ブルース・スプリングスティーンが書き下ろした名曲中の名曲「ハーツ・オブ・ストーン」だった。
ジョンは事ある毎に最も尊敬する歌手としてサウスサイド・ジョニーの名前を挙げるし、自宅の居間に2人で撮った写真を誇らしげに飾っているという。かつてボン・ジョヴィのオフの時期に、リズム・ギター奏者としてツアーに参加したことまであり、アズベリー・ジュークスの名誉メンバーの称号も持っているのだ。
サウスサイド・ジョニーはホーン・セクションを加えてR&B色濃い演奏を聴かせるバンド、アズベリー・ジュークスを率いるヴェテランのロック歌手だ。「サウスサイド」のニックネームは若い頃から熱烈なシカゴ・ブルーズのファンだったから。親友スプリングスティーンらと共に70年代半ばにニュー・ジャージー州を一躍アメリカン・ロックの重要地域に押し上げた男で、ボン・ジョヴィの大先輩である。
ロックの神はジャージー沿岸地帯の若者3人にそれぞれずば抜けた才能を授けた。ブルース・スプリングスティーンに「ソングライティング」、Eストリート・バンドの“マイアミ・スティーヴ”・ヴァン・ザント(リトル・スティーヴン)に「プロデュース」、そして“サウスサイド・ジョニー”・ライオンに「ソウルフルな歌声」を与えたのである。
60年代末、彼らはアズベリーパークの伝説的なクラブ、アップステージで、毎晩朝まで続くジャム・セッションを楽しんで腕を磨き、仲間たちとの交友を深めた。その常連だった面々が後のEストリート・バンドやアズベリー・ジュークスのメンバーとなったのだ。
その沿岸地方の音楽状況の特徴に、R&Bの影響濃いロックの人気が高いことがあげられる。R&Bの影響の大きさは、スプリングスティーンの『青春の叫び』にも明らかだが、何よりもサウスサイド・ジョニーの音楽がそれを体現している。70年代に入って、カントリー・ロックだ、グラム・ロックだ、ディスコだ、と世の流行が移り変わっても、彼らはアナクロなまでに50~60年代のR&B/ソウルを基にした音楽をやっていた。
76年にスティーヴのプロデュースで、彼とスプリングスティーンが書き下ろした曲が半数を占めるアルバム『I Don’t Want to Go Home』で、サウスサイド・ジョニー&ジ・アズベリー・ジュークスは遂に全米デビュー。これがジャージー・サウンドだと世界に知らしめる。そして初期のアルバムでは、ロネッツのロニー・スペクターとデュエットしたり、ドリフターズやコースターズと共演したりと、ロックンロールの歴史への敬意もたっぷりこめられていた。
それからの40年プラス、ジョニ―は情熱たっぷりに歌い続け、舞台上で汗をかき続けてきた。彼のライヴは常に全力投球。観客に自分のすべてを与えようとする。まさに魂を差し出すソウル・ショウなのだ。
また、40年を超える歴史で100人以上がメンバーに名を連ねてきたアズベリー・ジュークスだが、「世界最高のバー・バンド」という称号に間違いはないにせよ、個々の能力を甘んじてはいけない。スプリングスティーンのEストリート・ホーンズの多くがジュークス卒業生なのは当然としても、2代目ギタリストのビリー・ラッシュは意外にも晩年のセルジュ・ゲンズブールの共作者/プロデューサーとなったし、3代目のボビー・バンディエラは長らくボン・ジョヴィのギタリストを務めた。
そんなサウスサイド・ジョニーは過去に一度だけ来日している。87年に東京は後楽園ホールで行われた。さすがに30年前なので詳しくは覚えていないが、熱演の終盤に登場した代表曲「I Don’t Want To Go Home」の“To reach up and touch the sky baby”の繰り返しで、観客全員が上に向かって手を伸ばした盛り上がりはよく覚えている。今年も彼の歌声は空に手が届くような気にしてくれるはずだ。
(音楽評論家/翻訳家・五十嵐正)
◎来日公演情報【サウスサイド・ジョニー&ジ・アズベリー・ジュークス】
ビルボードライブ大阪
9/17(日) 1stステージ開場15:30 開演16:30 / 2ndステージ開場18:30 開演19:30
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ビルボードライブ東京
9/19(火) 1stステージ開場17:30 開演19:00 / 2ndステージ開場20:45 開演21:30
9/20(水) 1stステージ開場17:30 開演19:00 / 2ndステージ開場20:45 開演21:30
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