モノクロームの映像の中、年老いた女性がアパートの窓を開ける。
「ねぇ、ジェイク。満月よ」と、彼女は言う。だが、彼女の夫は、椅子に座ったまま振り返ろうともせず、こう言い放つのである。
「閉めておけ、テレーサ。満月になると、いつもあいつは歌い始める」
列車の汽笛が聞こえる。そして彼女は窓の下をのぞき込む。そして、トム・ウェイツは歌い始めるのである。
外じゃまた黄色い月が
闇夜にパンチで穴を空けたのさ
「ダウンタウン・トレイン」は、シンプルなラブ・ソングのようにも聞こえる。だが、その背景には、「レイン・ドッグス」に共通する、いや、トム・ウェイツの歌に共通する疎外感が漂っている。
「レイン・ドッグス」。
雨の犬。
それは、迷子になった人間の、人生の方向感覚を失った人間の、玄関先で眠りにつく人間の、社会的にも物理的にも居場所をなくした人間のメタファーなのだ、とトム・ウェイツは語っている。
犬は、自らの臭いでマーキングをし、家への地図を作っていく。自らの臭いこそが、犬にとっての「パン屑」なのである。
だが、雨が降れば、激しく降れば、せっかくつけた臭いは消えてしまう。そして犬は迷子になってしまうのだ。
今夜、おまえに会えるだろうか
ダウンタウン行の列車で
俺の夢が雨のように
ダウタウン行の列車に降り注ぐ
そしてもちろん、彼の夢の雨は、彼自身の夢をも流し去ってしまうことを、主人公は知っているのである。
社会からは疎外されながらも、何とか社会の中の美しいものと関わっていたいという矛盾。そんな矛盾を抱えながら、雨の中、犬は歩き続けていくのだ。
トム・ウェイツのバージョンと、ロッド・スチュワート、パティ・スマイスのバージョンを聞き比べてみるのも悪くない。