「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

TAP the CHART

ジョン・レノンが銃弾に倒れた1980年、40代でもロックをやり続ける決意が広まった

「TAP the CHART」第20回/1980年 まずはシングルとアルバムのビルボード年間チャートTOP 10から。 【1980年のBillboard年間チャ…

TAP the CHART

1971年はジョン・レノンが「Imagine」を、マーヴィン・ゲイが「What’s Going On」を歌った

「TAP the CHART」第31回は、1971年を取り上げます。まずはシングルとアルバムの年間チャートTOP 10から。 【1971年のBillboard年…

Extra便

『くまのプーさん』の家で「ジョンとヨーコのバラード」を聴いていたブライアン・ジョーンズ

ロンドン郊外のサセックス州ハートフィールドにあるコッチフォード農場は、『くまのプーさん』で有名な作家のA.A.ミルンが住んでいたことで知られていた。 その農場と…

TAP the DAY

ジョン・レノンがシャウトする「ミスター・ムーンライト」がテレビから流れてきた瞬間の衝撃

ビートルズの武道館公演の独占中継権を得たのは、主催した読売新聞の系列だった日本テレビである。コンサートの模様は7月1日の夜9時から1時間にわたって、特別番組「ザ…

Extra便

「混ぜこぜにしちゃえばいいじゃん?」という発想から生まれたシンディ・ローパーの名曲

シンディ・ローパーが1983年に最初のソロ・アルバムを作ったのは、フィラデルフィアの北西部、ポコノ山脈の麓にあるマネイアンクという町にあるスタジオだった。 フィ…

TAP the DAY

ジョン・レノンにも重なる加藤和彦の生と死、ミュージシャンの悲劇から現代人に警鐘を鳴らす北山修

2009年10月16日に加藤和彦が亡くなったニュースを知ってしばらくして、朋友の北山修が書いた追悼の文章を読んだとき、無念の思いとともに静かな怒りのようなものが…

TAP the STORY

ポール・マッカートニーの27歳~ポール死亡説と隠遁生活、そしてリンダへの愛

『ポール・マッカートニーは死んでいる?』 そんな見出しの記事がアイオワ州にある大学の新聞に掲載されたのは1970年9月17日、ポールが27歳のときだった。 記事…

TAP the DAY

メンバーの全員がLSDの洗礼を受けたビートルズの「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」

LSD。すなわちリゼルグ酸ジエチルアミドは、1950年代に精神治療の分野において広く使われるようになった強力な幻覚剤で、60年代を迎えると、医療の分野ではなく一…

TAP the SONG

『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』で最初にレコーディングされたポール・マッカトニーの曲

1967年に発表されたビートルズのアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』に収録されている「ホェン・アイム・シックスティー・フォー」…

TAP the SONG

西城秀樹がカヴァーした作品から知る洋楽のスタンダード曲②~日本語によるロックの難しさを乗り越えたセンス

西洋文化の音楽や歌が日本に入ってきたのは明治維新の文明開化からで、軍歌と唱歌による音楽教育、賛美歌、童謡となって普及していった。 大正から昭和にかけて流行歌が生…

TAP the CHANGE

B-52’sの「ロック・ロブスター」を聞いて新たな時代がきたことを確信したジョン・レノン

ジョン・レノンが息子のショーンを連れ、ニューポートからバミューダ諸島へ向けての船旅に出たのは、1980年の初夏のことだ。 ショーンが生まれてからというもの、ジョ…

Extra便

吉田拓郎はジョン・レノンへのファンレターの最後をこうしめくくった――「いつか僕たちがビートルズを追い越します」

吉田拓郎がビートルズを知ったのは1964年の初めのことで、日本でレコードが発売になる直前だった。 当時は高校2年で広島に住んでいたのだが、学校から帰ってくると夕…

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