TAP the LIVE
日本のジャズメンを育てたのは銀座のシャンソン喫茶だった
戦後、ジャズの中心地となったのは銀座だった。 GHQ本部が有楽町駅近くだったこともあり、この地域には外国人向けのクラブが多く生まれ、ジャズ以外にもシャンソンやカ…
1984年東京都生まれ。ライター。
R.E.M.を子守唄として聴かされ、高校受験のときに母親から渡されたベックの『Mellow Gold』とクラッシュの『London Calling』でロックに目覚める。明治学院大学ではジャズ研究会に所属。卒業後、下北沢の風知空知で接客業をしながらPAを学ぶ。2011年よりファイブディー・ラボに勤務。

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作曲家の中村八大が家族とともにニューヨークへと移住したのは、1964年の8月が終わろうという頃だった。 坂本九が歌った「上を向いて歩こう」が「SUKIYAKI」…

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何年か後にこの日を振り返るだろう。そしてその重要性を十分に理解するはずだ。 キング・クリムゾンの中心人物、ロバート・フリップが日記にそう記したのは1969年7月…

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1960年代後半のアメリカにおけるロック・シーンで、セックスシンボルとなったドアーズのジム・モリソン。 その最期は27歳の若さで不慮の死を遂げるという、破滅的な…

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1967年10月22日。その日、ミシガン大学はホームカミングデーを迎えていた。 ホームカミングデーとは、在校生の家族や友人、卒業生らを迎え入れて楽しむ学園祭のよ…

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2007年にパティ・スミスがリリースしたカバー・アルバム『トゥウェルヴ』には、ドアーズの「ソウル・キッチン」が収録されている。 その理由についてパティは、夢の中…

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1967年のレコード・デビューから、1971年にボーカルのジム・モリソンが他界するまでのわずか5年で、数々の伝説を残したドアーズ。 その中でも、ベトナム戦争全盛…

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リトル・フィートが1978年2月10日にリリースした2枚組のライヴ・アルバム『ウェイティング・フォー・コロンブス』は、彼らに初のゴールド・ディスクをもたらすヒッ…

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リトル・フィートの代表作にして、ライヴ・アルバムの金字塔、『ウェイティング・フォー・コロンブス』。そのジャケットにはハンモックでくつろいでいるトマトの顔をした女…

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1970年6月29日、フェスティバル・エクスプレスと名付けられた列車がカナダのトロントを出発した。 乗車しているのはグレイトフル・デッド、ザ・バンド、ジャニス・…

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「あのショーは災難だったよ」 そう語るのはレディオヘッドのフロントマン、トム・ヨークだ。 1997年6月28日、イギリス最大級のフェス、グラストンベリー・フェス…

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ガレージロック・リバイバルという言葉が、世界中に広まりつつあった2002年。その火付け役となったストロークスが所属していたラフ・トレード・レコードから、新たにリ…

