Extra便
竹内まりやが「一緒に歌う相手は大瀧さんしかいない」と決めていたラブソング
1967年にフランク・シナトラと娘のナンシー・シナトラが歌った「Something Stupid(恋のひとこと)」は、全米No. 1ヒットになったデュエットの定…
1952年岩手県盛岡市生まれ、仙台市育ち。音楽プロデューサー/作家。
音楽業界誌『ミュージック・ラボ』を経て、1977年から86年の解散まで甲斐バンドのマネージメントを行う。
その後にTHE BOOM、プライベーツ、宮沢和史、喜納昌吉とチャンプルーズ、ヒートウェイヴ、中村一義、有里知花、スーパーバタードッグ、ハナレグミ、小野リサ、由紀さおり、マルシアなどをプロデュース。
舞台「久世光彦 マイ・ラスト・ソング~あなたは最後に何を聞きたいか~」、「Sing with TORIRO 三木鶏郎と異才たち」、美空ひばり二十三回忌イベント「HIBARI 7 DAYS」などのプロデュースと演出を手がける。
著書はノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店/小学館文庫)『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」 天才たちはいかにして出会ったのか』(文藝春秋)、最新作は『ウェルカム!ビートルズ』(リットーミュージック)。
Romancer Cafe にて『阿久悠と歌謡曲の時代』を連載。 https://romancer.voyager.co.jp/cafe
2023年6月20日死去。享年71。

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1967年にフランク・シナトラと娘のナンシー・シナトラが歌った「Something Stupid(恋のひとこと)」は、全米No. 1ヒットになったデュエットの定…

TAP the SONG
竹内まりやが衝撃を受けたのは、前触れもなく流れてきたテレビのCMだった。一緒にテレビを見ていた兄に「今のは何?」と尋ねると、「ビートルズ」と教えてくれたそうだ。…

TAP the BOOK
作家の片岡義男が“lonesome”とは何かについて、英語で教えられたのは子供の頃のことだったと、最新のエッセイで述べている。 そこにいるのは自分だけで他に人の…

TAP the SONG
岐阜県の椛の湖(はなのこ)の湖畔で開催された第3回全日本フォークジャンボリーは、1971年8月7日の昼から9日未明まで行われた。 そのなかで後世に語り継がれたの…

TAP the SONG
1960年代の半ば過ぎから後期にかけて、日本でもフォーク・ムーブメントという現象が起こった。 ギターを弾いていくつかのコードさえ押さえられれば、自分の言葉を綴っ…

Extra便
内田裕也が1976年に出した初の単行本「俺はロッキンローラー」には、子どもの頃に思っていた「カッコイイニイチャン」になりたいという、素朴な憧れが語られている。 …

Extra便
99人の著名人について内田裕也が語ったコメントをいくつか、1976年に出た最初の単行本「俺はロッキンローラー」から紹介したい。 ベンチャーズ ビジネスと音楽は別…

Extra便
1976年に出版した著書「俺はロッキンローラー」(高平哲郎構成 講談社) の中で、当時の内田裕也が語っていた99人の著名人についてのコメントが残っている。 当時…

Extra便
RCサクセションは1979年の夏に、3年ぶりのシングル「STEP!」を発売した。しかし、プロモーションに力を入れた割に、レコードはまったく売れずに終わってしまっ…

Extra便
これは今年の3月17日に亡くなった内田裕也氏のツイッターに書いてあった自己紹介である。(2019年11月19日現在) My name is Yuya Uchid…

TAP the SONG
1967年11月5日に「朝まで待てない」でデビューしたザ・モップスは、日本で最初にサイケデリック・サウンドを打ち出したバンドだ。 モップスはは1980年代になっ…

Extra便
1964年の春にビートルズを体験する以前、ぼくが洋楽のポップスにした惹き寄せられたのは、1963年にカスケーズの「悲しき雨音」をラジオで聴いたのが最初だった。 …
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