1983年に財団が設立されたロックの殿堂(Rock & Roll Hall Of Fame)では、ロック・ミュージックの進化と発展に大きく貢献したミュージシャンが顕彰される。レコード・デビューより25年を経過していることが要件で、故人であるかはいとわない。
1986年より殿堂入りリストが毎年数組ずつ発表されているが、翌年の4月からは授賞セレモニーで選出されたミュージシャンらによるライブ・パフォーマンスも披露される。
ビル・ウィザースは、2015年の殿堂入りリストに選出されたひとりだ。この音楽業界から離れて約30年経ってからの受賞となった。
2015年4月に行われた授賞式ではファンの前に元気な姿を久しぶりに見せたビルだったが、自身によるライブ・パフォーマンスは残念ながら披露されなかった。
1938年生まれのビルは10代で学校を卒業した後、約9年間は海軍にいた。その後も飛行機の修理工場などで働きながら、29歳の時に音楽で身を立てようと決心し、LAに移って自費でレコードを制作したりしていた。
ワッツ・103rd・ストリート・リズム・バンドのレイ・ジャクソンらとの交流から、ジャズ・ドラマーのチコ・ハミルトンの息子フォレスト・ハミルトンと出会い、フォレストがサセックス・レコードのオーナーのクラレンス・アヴァントにビルを紹介した。
ブッカー・T&ザ・MGズはメンフィスにあるスタックス・レコードのスタジオ・バンドとして、オーティス・レディングやウィルソン・ピケットなど様々なミュージシャンをバックアップしてきた。
だが1970年頃、ブッカー・T・ジョーンズは一時MGズを去り、ひとりソロ活動をするためLAを目指す。ちょうどその頃にサセックスのクラレンスから紹介されたのが、ビル・ウィザースだった。
ブッカー・Tのマリブにある農場へやって来たビルの歌を聴いて、すぐさまブッカー・TはMGズのアル・ジャクソンとドナルド“ダック”ダンに電話をして彼らを呼び寄せる。スケジュールの調整がつかなかったスティーヴ・クロッパーの代わりには、スティーヴン・スティルスがビルのデビュー・アルバムのレコーディングに参加した。
しかし、インディーズ・レーベルだったサセックスの予算は限られていて、レコーディングは3時間ずつのセッションを3回という、タイトなスケジュールで作られたという。
超一流のミュージシャンに囲まれて気後れしていたビルをリラックスさせるために、ブッカー・Tはレコーディングで古いクレートを用意し、ビルがいつもしていたように足でリズムを取れるようにする。そしてアル・ジャクソンはその“足踏み”を巧みに取り入れたドラム・パターンで応えてくれた。
ビルは最初、自分自身が歌うとは思っていなかったらしい。アルバム・タイトルの『Just As I AM』は、そんなビルを「ありのままでいいんだよ」と、皆が励ましてくれたというところから来ているのだそうだ。
僕のキャリアで最高によかったことは、最初にブッカー・Tと仕事を始められたことだよ
ビルはブッカー・Tについて、長い軍隊生活出身の名もない工員であった自分を、全く未知な世界へ案内してくれる完璧なガイドだったと振り返る。
「消えゆく太陽~Ain’t No Sunshine」を初めて歌って聴かせた時、まだ歌詞が出来ていないので後でちゃんとした歌詞をのせるつもりだと前置きしたビルが、“I know”のフレーズを繰り返して歌ったら、ブッカー・Tはそのままで行こうと言ってくれたという。
レコーディングが終わった後に、この効果的なストリングスを加えたのもブッカー・Tだった。
ブッカー・Tもまたビルとのレコーディングは素晴らしい体験だったと、後にインタビューで語っている。
彼のどの歌を聴いても、私がかつて聴いたことのある誰かを思い出すことはなかったね。今でも彼はとてもユニークだし、比類なき存在だね。
デビュー曲「ハーレム」のB面だった「消えゆく太陽」は、DJがラジオでプレイしたことからヒットに火がついた。そして瞬く間にゴールド・ディスクとなり、32歳でデビューしたビルを一躍有名にし、1971年には初のグラミー賞をもたらした。
この曲は1972年にマイケル・ジャクソンにカヴァーされたのを始め、多くのミュージシャンにカヴァーされる人気曲だ。
そして、2015年のロックの殿堂入り授賞セレモニーでは、ビルを尊敬するスティーヴィ・ワンダーの熱いパフォーマンスが、ビルの目の前で披露された。
“ありのまま”のビル・ウィザースが表現された彼のデビュー・アルバム『Just As I Am』は、ブッカー・Tの手によって、無骨で優しいビルのブルージーな手触りが感じられる一枚だ。
家族との静かな生活をこよなく愛するビルの素朴で実直な人柄が、音楽を通しても感じられるところが多くの人を今でも惹き付けてやまないのだろう。
(次回に続く)
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参考文献:「waxpoetics JAPAN」サンクチュアリ出版 ビル・ウィザースのインタビューはNo.03より、ブッカー・T・ジョーンズのインタビューはNo.05より引用いたしました