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なぜポール・シムノンはステージの上でベースを叩き壊したのか?

2020.09.21

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その1枚が撮影されたのは1979年の9月21日、ニューヨーク・パラディウムで開かれたコンサートでのことだった。

この年の夏、ロンドンで新作アルバム『ロンドン・コーリング』のレコーディングを終えたクラッシュは、2回目となるアメリカ・ツアーをスタートさせていた。
2ヶ月近くに渡ってアメリカ各地を回るという強行スケジュールだったが、ジョー・ストラマーの溢れんばかりのバイタリティに導かれるようにして、バンドはゆく先々で快進撃を続けていった。

この頃にはアメリカでもクラッシュへの関心は高まっていて、ボブ・ディランをはじめとして多くのミュージシャンがコンサートに足を運んでいる。

ニューヨークでのコンサートは9月20日からだった。
会場となったパラディウムは1927年に建造された映画館で、1976年にコンサートホールとして改修された。

事件が起こったのは2日目のことだった。
バンドは初日よりも調子を上げ、ショウは順調に進んでいた。
しかし最後の曲、「白い暴動」を演奏しているときに突然、ポール・シムノンがベース・ギターを床に叩きつけたのだ。
その衝撃に耐え切れず、ネックの部分が見事に折れてしまった。
当時クラッシュの専属カメラマンをしていた写真家、ペニー・スミスによってまさに叩きつけようという瞬間がフィルムに収められた。

その写真を『ロンドン・コーリング』のジャケットに使おうと提案したのは、ジャケットのデザインを手がけることになったイラストレーターのレイ・ローリーだ。
ところが写真がピンぼけしていることを理由に、ペニーはその提案を拒否した。

失敗したと思っている写真をジャケットに使われることに、プロとして抵抗を抱いたのは当然の反応だろう。
しかしレイのアイディアにジョーも賛同したことで、ペニーが押し切られる形となり、ポールがベースを壊す瞬間の写真が使われたのである。

london_calling

左と下に置かれたL字型の文字組みは、エルヴィス・プレスリーのデビュー・アルバムに対するオマージュだ。

Elvispresleydebutalbum

完成したジャケットはエルヴィスさながらの衝動的なエネルギーに満ち溢れて、ロックンロールへの原点回帰ともいうべき仕上がりとなる。

当初は写真を使われることに抵抗していたペニー・スミスだが、2013年のある対談ではこうコメントしている。

「もしポールの顔が写っていたら、それがどうであれ、あんなふうにはならなかったでしょうね。だってそのおかげで印象的なんだから」


一見しただけでは誰がベースを叩き壊しているのか分からない。だからこそこの写真はパンク、あるいはロックの象徴ともいうべき1枚になったのだろう。

ところで、当のポールはベースを壊してしまったことをすぐに後悔したという。
そのベースはフェンダー社のプレシジョンというモデルで、「プレッシャー」という文字が書かれ、ドクロのステッカーが貼られている。
『ロンドン・コーリング』のレコーディングのときにも使ったもので、音がよくてポールはとても気に入っていたという。
ではなぜそんな大切なベースを、ステージの上で衝動的に叩き壊してしまったのだろうか。

「ショウはとても順調だったよ。俺を除いてね、どうにも調子が掴めなかったんだ。
それでベースに八つ当たりしたんだと思う。
もし俺が賢ければスペアのほうに持ち替えて弾いてたんだろうな。俺が壊したほうより音が良くなかったし」




(このコラムは2016年3月1日に公開されたものです)


The Clash『London Calling』
Sony

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